約1年ぶりの暗夜航路となった。今日は再航を記念して、少し大きなテーマについて扱おうと思う。4月28−29日にかけて、ルクセンブルクで開催されたEU外相会議は、将来のセルビアのEU加盟を支持する声明を発表して散会した。しかし、セルビアのEU加盟など既に織り込み済みの事実であり、EU主要国の外相が真に関心を示していたのは、隠されてしまったもう一つの議題の方だった。

それは、停滞するEU-ロシア経済関係の交渉を一挙に前進させる目的で、その交渉権を、EUの中枢機関である欧州委員会に一任してしまおうという提案だった。周知のようにEU加盟国は現在27カ国、その中には旧東欧諸国を中心とした反ロシアの立場を取る国々からドイツ、フランスのように主として自国エネルギー産業の対ロ進出、自国製品の対ロシア市場売り込みなどの経済的な関心から親ロシア的なスタンスを取っている国まで、ロシアをキーワードに見ると全く立場を異にする国々が含まれている。概して西欧諸国とハンガリーは親ロ、その他の新規加盟国は程度の差こそあれ反ロ、分けてもポーランドリトアニアは反ロ路線の急先鋒であると見てよい。
EU外相会議はほとんどの決定事項については、多数決制をとっているのだが、EUの共通外交・防衛政策などでは全会一致を求めている。当然、EU-ロシア経済関係も共通外交政策の範疇に入るわけで、このような場合にのみ、ポーランドリトアニアといった小国が拒否権を発動し、EU全体の動きを止めてしまうということが近年、繰り返されるようになった。今回も当初より拒否権発動を決め込んでいたリトアニアのヴァイティエクーナス(Vaitiekunas)外相を何とか思いとどまらせようと、各国により様々な働きかけが行われたことをポーランドの新聞「共和国」紙は伝えている。

さて、東欧諸国が加盟する以前のEUという機関の面白かったところは、常に「鳴かぬなら鳴かせて見せようホトトギス」的な政策スタンスを取って、手練手管を駆使して、交渉相手の関心を引き、巧く交渉のテーブルに着かせてしまうという見事なまでの外交力にあった。
今回の対ロシア経済交渉にしても然り。そもそもEU(当時はEC)と米国・日本は、1991年の旧ソ連最末期に自国企業による旧ソ連邦の莫大なエネルギー資源への自由なアクセスを目論み、ソ連及び東欧諸国との間に「エネルギー憲章条約」という聞き慣れない条約を締結していた(ただし、米国はオブザーバー参加)。その内容をかいつまんで言えば、「旧ソ連のエネルギー資源の貿易を自由にして、エネルギーの供給に当たっても旧ソ連が如何なる制限をも行うことを阻止し、なお且つ、西側企業がどんどん旧ソ連のエネルギー関連産業に投資できるようにする」という、貿易・投資の自由という「錦の御旗」を前面に押し出しながらも、旧ソ連のエネルギー関連企業への西側による積極投資を暗に狙っていた、ロシア側からすればトンデモ条約であった。
当初こそ、市場経済の早期導入を目指して、同条約にもそそくさと署名を行ったソ連(ロシア)政府であったが、流石にロシア議会は同条約の批准を拒否、同条約は長い間、宙に浮く形となっていた。これに追い討ちをかけるように、最近では、プーチン政権による石油産業からのあからさまな外資締め出し政策もあり、現状ではほぼエネルギー憲章が前進する気配は無い。
EUはロシアのWTO加盟交渉の最中(2006年)に忘れ去られた観のあった同条約を再び持ち出して、ロシアのWTO加盟を阻止しようとしたが、最終的にはロシアのWTO加盟後の対EU関税率の引き下げを約束させて、エネルギー条約をひとまず棚上げとする選択を行った。現在のEU首脳部の対ロシア経済戦略の要諦は、EU製品を大量にロシアに売り込む一方で、益々、対ロ依存度を深めているエネルギーの安定供給を目指して、将来的にはEUとロシアとの間に自由貿易圏の創設を働きかけていくことにある(4月30日付共和国紙)。エネルギー憲章から自由貿易圏創設へと、EUは対ロ経済交渉の軸足を急旋回で移行させつつある。そして、自由貿易圏の創設などという遠大な目的の達成のためには、強大な交渉権を欧州委員会に委託してしまって、欧州委員会とロシア政府との「二国間交渉」で話し合いを前進させることが望ましいシナリオである、、、、、
前書きが長くなって恐縮だが、上記の目論見こそ、今回のルクセンブルク会議に向けて、大半の西欧諸国の外相が胸に秘めていたものであった。
そこへ来て、今回のリトアニアの拒否権発動である。
共和国紙は続けて言う、「ある外交筋は、非公式に以下のように語った。リトアニアはロシアに対して同国にあるマゼイキュウ製油所への原油輸送をストップしないことを求めるようだ。これは要求として理解できるのだが、正直、私にはリトアニアが他にどんな要求をロシアに対して行おうとしているのか皆目見当が付かない。」と。同紙は、リトアニアの対ロ要求事項として、グルジアおよびモルドヴァとの間にロシアが抱えている緊張状態を緩和することが含まれているらしいことを伝えた上で、リトアニアEUに対して兼ねてから、同国ビジネスマンがロシア領内で密かに拘束されているのではないかとの嫌疑について明らかにすること、ならびに、第二次大戦中から戦後にかけてのソ連政府によるリトアニア人強制連行の事実について解明を求めるよう主張していることを紹介している。

このようなリトアニアの要求に対して、西欧諸国が強い嫌悪感を抱いていることは想像に難くない。まず、グルジアに関しては、先のブカレストNATO首脳会談で将来のNATO加盟を支持する声明を行っており、対ロ経済交渉というEU経済的利益が最優先されるべき場で「グルジアカード」を持ち出す事は有り得ない選択であろう(所詮、グルジアの存在など、EU大の利益から見れば、政治的にロシアに対して揺さ振りをかける際の小道具に過ぎない)。その他事項については、これはリトアニアとロシアとの間の二国間関係に留まっている話であり、EUという全体の利益を考えた際に持ち出すべき話題ではないというのが、古くからのEUメンバーである西欧側から見た常識であると思われる。

オーストリアを代表する批評家にして東欧問題にも造詣が深いカール=マルクスガウス(Karl-Markus Gauss)は、ニューズウィークポーランド誌とのインタビューに答えて次のように述べている。

N: 「ポーランドEUの加盟国として求められている欧州らしさというものに欠けているのではないかと、しばしば批判されます。我々の欧州内での位置とは一体どのようなものなのでしょうか。」

G: 「私はここ2,3年において、ポーランドがかつて東側ブロックが崩壊した直後に西欧で受けていたような好意的なイメージを失いつつあるのではないかと感じています。カチンスキ兄弟はEU内におけるポーランドの地位を高めようとしましたが、結果は全く裏目に出てしまったようです。EUの首脳会談が開催されていると言うのに、全体の24カ国がある議題に賛成しているにも関わらず、特定の1カ国、あるいは2カ国でも3カ国でも構いませんが、そんな数の国々が常にものごとを最初から議論し直そうとし、自分たちのためだけに特別なルールを要求するなんて事があるでしょうか。今ではむしろこんな声のほうがよく聞かれますよ。あのポーランド人が何をまた欲しがっているのか。今度は何を彼らに差し出せと言うのか。また、ポーランドでは死刑復活やらホモセクシュアルへの反対意見といったものが聞かれますが(死刑廃止ホモセクシュアルの受容はすでに西欧社会では既定事実となっているので)、これもポーランドと(西欧と)の間の不理解の一因となっています。」

冷戦期には、西欧に対峙する言葉として東欧と言う言葉が存在した。
その後、冷戦の崩壊を経て、かつてオーストリア・ハンガリー帝国が存在していた時代に使用されていた中欧(ミッテル・オイローパ/セントラル・ユーロップ)という言葉が復活し、一時期、もてはやされた。
しかし、最近、再び、「東欧」という言葉をよく耳にするようになった気がする。
そこには、上記でつらつらと述べたようなEU新規加盟国の旧態依然とした世界観・価値観に西欧諸国が辟易し始めた事情が確かに反映しているように思われてならない。

また、これとはまったく別のロジックから東欧と言う言葉を使うこともある。それは、特に日本などから同地域に投資を考える際、中欧という言葉を使用すると投資対象国がかなり限定されしまい、詮索されやすいという特殊事情から来るものである。もはや、遠い日本からルーマニアブルガリアウクライナ、ロシアといったバルカン諸国、旧ソ連諸国への投資が単なる立地調査段階の域を超えつつある昨今、「東欧進出」という言葉でオブラートに包める地理的範囲もそれだけ広がりつつある。

様々な思惑を背負いつつ、消え去ろうとしない「東欧」という言葉に、きっと、これからも人々はいろいろな思いを重ねていくのだ。