2012年にポーランド・ウクライナ共催で行われるサッカー・ユーロカップまでに906キロの高速道路を建設し、総延長キロを1605キロとするというのが現政権グラバルチク建設相の構想であるが、ポリティカ誌(2008年5月3日号)は特集記事で2012年までには200−300キロの高速道路建設が限界、ポーランド全土の高速道路網建設が終了するのは2020−2030年になるとの大胆な見方を示した。

ポーランドの高速道路で重要なものは3本あって、北の輸出港グダニスクからトルン、ウッジ、南部のカトヴィツェを経由しチェコ国境まで南北を結ぶA1線、首都ワルシャワ西に伸びて行き、ウッジ、ポズナンを経由してドイツ国境まで抜けるA2線、南部の要衝を結びウクライナ国境からドイツ国境まで突き抜けるA4線(ウクライナ国境〜クラクフ〜カトヴィツェ〜ヴロツワフドイツ国境)がこれに該当する(頭文字のAは高速道路=アウトストラーダの略)。
以下、ジェトロが作成、公開している地図を参考に話を進めていこう。

http://www.jetro.go.jp/biz/world/europe/pl/guide/pdf/poland_road_network.pdf

このうち、最も整備が進んでいるのは南部のA4であり、クラクフ〜カトヴィツェ〜ヴロツワフ間が開通しており、更にドイツ国境に程近いクシジョーヴァ(Krzyzowa)という町までは高速で行くことができる。その後、ドイツ国境まで地図上の目視で70キロほどの区間は未開通である。A4が繋ぐポーランド南部地域(シロンスク)は古くから鉱工業が栄えた地域で、既に18世紀には、当時のプロイセンオーストリアから戦争によって奪うなどその経済的価値が大きく評価された地域であった(当時の呼称はシレジア/シレジエン)。現在でも自動車産業をはじめとする外資製造業の立地拠点として重要な地域となっている。
次いで、A2の整備が比較的に進んでおり、ポーランドの中心地に位置していることから製造業・物流拠点として注目を集めているウッジから、西部の要衝ポズナンを経てノーヴィ・トミィシル(Nowy Tomysl)という町までは高速が開通済みであり、ドイツ国境までは100キロほどの未開通区間を残すのみとなっている。ただし、A2はウッジからワルシャワを通って最終的にはベラルーシ国境まで東に伸びていく計画であるところ、ウッジから東の区間については完成のめどが全く立っていない。
最後に最も整備が遅れているのは、南北貫通を目指すA1である。これについては、20キロほどが開通しているに過ぎない。

さて、ポリティカ誌によれば、2012年までに完成の見通しが立っているのは、A1のグダニスクから南に下ったグルジョンツ(Grudziadz)までの区間、その先に日系企業も多く進出しているトルンが控えているのだが、グルジョンツ〜トルン間の開通は一定の可能性があるとの評価、トルンからウッジまでの区間については完成の可能性はゼロとなっている。更に、A2、A4のドイツ国境までの区間についても開通に一定の可能性があるとの評価に留まっている。とりわけ、A2、A4のドイツ国境までの残り区間については、何としても2012年までに完成して欲しいところである。

何故にポーランドの高速道路建設は遅れに遅れるのか?同誌の記事から、その背景を探るとポーランドが国家として抱えている根本的な問題が垣間見えてくる。

政権交代の度に変更される高速道路開発計画

2005年の政権交代(SLDからPiSへ)により、PiS政権は事実上、高速道路の建設入札をストップさせてしまった。前政権(ベルカ政権:04年5月〜05年10月)は短命政権でありながら、A2の建設を100キロ以上も実現させたものの、これを次いだカチンスキ政権の2年間では、A1のグダニスク近郊からシチェフ(Trzew)までの僅か20キロほどが建設されたのみであった。本来であれば、カチンスキ政権の下でA1建設は大いに進展するはずであった。ところが、カチンスキ政権は前政権が建設業者と癒着(ポーランド語ではウクワッド)していたと批判し、A1建設をコンセッション方式(工事を民間業者が請負い、見返りとして、建設後に民間業者が通行料の徴収などの利権=コンセッションを得る方式)で請け負っていたGTC社に対して、グルジョンツからトルンまでの建設許可を取り消すと発表し、法廷で争われた結果、PiS政権側が敗訴するという失態を犯した。
のみならず、A4のクシジョーヴァからドイツ国境までの区間については、環境アセスメントに失敗し、県知事が一部区間について建設許可を出せない状況のままコンセッション方式での工事を開始するなど、実務者の不手際や法律知識の欠如が露呈する結果に終始した(A4のドイツ国境までの区間については区間変更も有り得る)。
それでは、一般に、ビジネス志向が強い現PO政権では抜本的な改善が見られるかと言えば、同誌は否定的な立場に立っている。まず、現政権のグラバルチク(Grabarczyk)建設相がインフラ問題の素人であり、直属のコンサルタントが前政権から変わっていないこと(Piotr Stomma)、A1の建設に先立って、自らの支持基盤であるウッジ周辺のみは高速道路の無料化を主張していることなどが挙げられている。更に、混乱に拍車をかけることが予測されるのは、トラックに課せられる通行証(winiet)の廃止問題、建設費の高騰による将来の通行料の見直し問題である。

高速道路の有料化問題

ポーランドの高速道路には奇妙なことだが有料区間と無料区間がある。無料区間となっているのは国家発注により建設された区間でA2のコニン〜ウッジ区間、A4のヴロツワフ〜カトヴィツェ区間などがこれに当たる。そもそも、前政権(SLD)は、高速道路は課金制としないが、国内を運転する際にはプリペイド制の通行証の購入を義務付けることにより、道路財源の安定化を図ろうと構想していた。同構想では国民の同意を得られないとなるや、SLDはトラック運転手にのみ通行証の購入を義務付けることとした。ところが、これでは、トラックが有料区間を通行する際には二重に課金がされることとなってしまう。辻褄合わせをするために、現状では、通行証を保有しているトラックは有料区間を無料で通行している。上述のように、有料区間の通行料はコンセッション方式で民間業者が徴収することとなっており、国は道路特別会計(KFD: Krajowy Fundusz Drogowy)からトラックが1台有料区間を無料で通行するごとに民間業者に対して補償を行っている。現状が続けば、道路特別会計の破綻は目に見えているので、旧政権はトラック通行証の廃止を検討していた。これを受けて、現政権は、今年6月からは通行証所持の有無にかかわらず、トラックも有料区間では課金することを決定しているが、大量のトラックが有料区間を避けることが予想され、結局、「誰のための高速道路なのか」という声が既に聞かれ始めている。
ここはトラック通行証の廃止に伴う移行期をどう乗り切るかに掛かっていようが、いずれ、数年後にはEUで義務付けられている電子認証方式による高速道路の課金システムが導入されることとなっている。これは日本のETCシステムに似た制度で、各車両に受信機を取り付け、有料高速道を運転した区間を自動認証させることとなる。ポーランドでは手始めにトラックから導入されることとなるが、電子認証システムの詳細についてはまだ詳細が固まっていない模様だ。

通行料の見直し問題

さて、現状で危機的なのは、未完成区間で最も交通量が多くなることが予想されるA2のワルシャワ〜ウッジ間、
A4のウッジ〜カトヴィツェ間の建設のめどがほとんど立っていないことである。
この2区間については、2005年より入札が開始されているが、未だに受注業者が決まっていない。ワルシャワ 〜ウッジ間については、現在、2社のみが交渉の席に残っており、ウッジ〜カトヴィツェ間については6月に実施予定の入札に対して応札業者がゼロとなるのではないかとの危惧が高まっている。原因は、建設相がコンセッション方式を採用した際の乗用車1台あたりの通行料の額について、1キロあたり20グロシ(0.2ズオチ)を超える料金設定を認めていないことにある。このレベルでの通行料収入では、最低でも5年間は掛かる高速道路の工期を考えた際、受注は「自殺行為」となるというのが大方の見方である。すでに、建設相では、A1の既存区間については1キロ当たり27グロシの回答を出しており、新政権が工事を請け負う建設業者に対して、どれだけのレベルを再提示できるかが重要であろう。

高騰する建設費

前政権は、A1建設を請け負っているGTC社に対して1キロ当たり560万ズオチの工賃を認めたが、その後、A4のクラクフからシャルフ(Szarow)までの区間に関しては同1000万〜1100万ズオチの工賃を見込んで契約書に署名を行ったと言う。一部専門家は工賃が同1500万ズオチにまで跳ね上がる可能性についても指摘していると言う。さらに、ポーランドEU加盟に際して移行期間の設置を認められなかった環境アセスメントの実施も、近年、益々、その基準が厳格化しつつあり、高速道路建設のコスト高要因となっている。

結論

高速道路建設の問題を考えると、やはり、ポーランドが体制移行国に属するという事実を改めて想起せずにはいられない。
上記で挙げた問題の根本には、コンセッション方式と言う社会主義時代には到底考えられなかった新制度を導入したものの、なお、その運営に暗中模索を続けている移行国としてのポーランドの一面がクローズアップされると思われる。
機能しない新法、官庁内での組織不全、実務者の不足、目先の利益のみを考えた利権政治、相互協力の欠如、社会に根強く残る相互不信、等々の要因はポーランドに限らず、東欧の旧社会主義国の多くが未だに抱えている典型的な症例である。
ポーランドでは確かに市場経済が機能している。ポーランド人の国民としての資質もむしろ高い方に属する。それを以ってしても、社会全体のコーディネーション能力という、社会主義の半世紀を経て失われてしまったシステムを再構築していくためにはなお、多くの時間が費やされるであろう事を高速道路の事例は如実に物語っているように思われる。

2020年となるのか、あるいは2030年となるのか、ポーランドが高速道路網の整備を終えた時、先進国クラブ入りへの入学試験もパスしたと言えるようになるのかもしれない。