【バルチックパイプ】4月30日、ノルウェーの多陸棚で産出する天然ガスをデンマークの海底を伝いポーランドまで届けるバルチックパイプ(Baltic Pipe)の建設契約の調印式が行われた。パイプラインを建設するのは、イタリアの半国営ガス石油会社のEni社(F1レースのアジップオイル供給元として知られている)傘下のエンジニアリング大手Saipem社 (Società Anonima Italiana Perforazioni e Montaggi) であり、パイプライン総工費は2.8億ユーロ(320億円強)。
- バルチックパイプは100億m3の天然ガスを輸送する能力があり、ポーランドの天然ガス需要(年間190億m3)は、2021年に75億m3の受入れ能力に達するバルト海に面したLNG基地、自国で産出する天然ガス(38億m3)と合わせ、今後、完全にロシア依存から離れて行く。
- ポーランドは、ガスハブ(Gas Hub)と呼ばれる天然ガスの備蓄拠点として中東欧地域での地政学上のプレゼンスを高めるだろう。
- 2020年中にロシア産ガスを大容量で直接ドイツへと運ぶノルドストリームII (Nordstream II) が完成予定である。反対に、ウクライナやポーランド等の中東欧の反ロシア国は、ノルウェー産、米国産、カタール産などに天然ガスの供給元を変えて行く。これら一連の動きにより、欧州のガス供給体制には、より選択肢が増えるだろう。
さて、旧ソ連時代も2020年の現在も、ロシア産ガスの西欧市場への供給経路としては、ウクライナ経由が重要である。ノルドストリームIIが完成すれば、ウクライナ経由の一部は、海底を通って直接ドイツへ運ばれることとなるが、ウクライナ経由がゼロとなる訳ではない。
2019年12月30日、ロシアとウクライナとの間で2020年1月1日以降、5年間有効な天然ガス輸送(トランジット)協定が結ばれ、最初の年は650億m3の、翌年以降は400億m3の天然ガスをウクライナ経由で西欧へと輸出する事が決まった。
コジミンスキ大学(Kozminski University )のアレクサンドラ・ヴォイタシェフスカ(Aleksandra Wojtaszewska)氏によれば、「ロシアの本音としては、反ロ国であるウクライナやポーランド経由でのガス輸出をいっさい止め、ノルドルトリーム海底パイプランを利用して直接西欧にガスを運びたい意向だ。しかし、ロシア産ガスに依存せざるを得ない西欧としては、ロシアとの間で複数の供給経路を確保しておきたい思惑がある。その意味で、反ロシアにして親EUのウクライナを供給経路から外すことに強く抵抗しているのだ」と言う。
上記の長期に渡ったロシア・ウクライナ両国政府の交渉に、EUが仲裁役として最初から強く関与していた所以である。ウクライナはロシア産ガスの通過に当たり、トランジット料を徴収し儲けることができる。延いては、ウクライナの安定とロシアへのけん制が実現できる訳である。
ポーランドでは今後、クリーンコール技術の大々的な採用により、低品位炭として価値が低かった褐炭を利用した石炭火力発電所の建設が計画されている。この手法では、発生する二酸化炭素を閉じ込め、貯留する事が可能となり、環境に優しい火力発電所が実現できる上、今後エネルギー源として注目される水素も得られる。
天然ガスに含まれるメタンも水と反応させることにより水素を製造できる(水蒸気改質)。ポーランドでクリーンコールによる石炭火力が国策により強力に推進され、さらに、バルチックパイプや北部のLNG基地を通じて潤沢な天然ガスが入るようになれば、ポーランドは、水素製造拠点としても将来、重要な国となろう。
参考:
https://www.rp.pl/Polityka/200509847-Andrzej-Duda-Rozpoczyna-sie-budowa-Baltic-Pipe.html