ポーランドの実質GDP成長率は、2003年の3.8%、2004年の5.3%、2005年の3.5%と推移し、2006年1〜3月は5.2%、4〜6月は5.5%、7−9月も5.5%ほどの高い水準を維持する見込みだ。


これを受けて、小売販売高も2006年2月から8ヶ月連続で前年同月比10.0%を越す高い伸びを示しており、直近の9月のデータでは同14.5%の上昇を記録している。更に、2003年には20.0%にも達していた失業率も直近では、15.2%に下がってきている。


好調なマクロ経済を反映して、実質賃金も上昇に転じており、1998年には手取り収入が1600ズウォティ(6万4000円)に届かない家計が、全体の70%近くにも達していたのに対して、最近では40%を若干上回る程度に改善され、1600〜2000ズウォティ(6万4000円〜8万円)までのレンジの家計が同15%から30%に、2000ズウォティ以上の手取り収入がある家計のシェアは、16%から20%以上にそれぞれ増加を見ている。
しかし、この水準でも、日本並みの高所得国ドイツを横目に見ている事も手伝ってか、ポーランド人は、まだまだ欲求不満の状態にあるようだ。マーケットリサーチ会社のSMG/KRCが行ったアンケート調査によれば、物質的に十分満ち足りていると回答した市民のシェアは10%以下であった。それだけ、旺盛な消費需要が期待できると言うことでもある。


しかし、一方では、本格的な消費ブームの到来を前にして、貧困層の生活は未だ厳しい状況に置かれている。
ポーランド東北地方、エウク在住のラドスワフ(33歳)の月収は700ズウォティ(2万8000円)、年金暮らしの母親と公営住宅に二人暮らしすることで、何とか日々の生活をやりくりしている。


同じポーランド東北地方に住むスワヴォミル(60歳)の場合は、これより幾分恵まれた環境下に居る。彼は、すでに70年代から集合住宅を所有しており、家賃収入として、月に450ズウォティ(1万8000円)が入る。加えて、民間企業の警備員として週5日、半日出勤することにより320ズウォティ(1万2800円)を得ている。妻は退職前手当てを得ており、2人合わせて1600ズウォティ以上の収入にはなる。スワヴォミルの家計の場合、食費として支出できるのは1日当たり10〜15ズウォティ(40円〜60円)だ。これで、市場で買い物をし、着る服は安売り服屋*1を利用し、ハイパーマーケットと呼ばれる西側資本の小売量販店(カウフランド、テスコ等)に行くのは、月に一度程度、それも安価な化学洗剤を買うときのみだ。


大手製靴メーカー、ジノ・ロッシ社長、マチェイ・フョードロヴィチは、「ピョトルクフ・トリブナルスキ(ウッジ近郊)、コシャリン(ポーランド北方)などの店舗では、1200−1500ズウォティ=約5万円〜6万円するような高級靴はまず売れない。そのような地方では、G&Rという廉価なブランドを立ち上げている。わが社はピワ(ポーランド北方)にも店舗があるが、あそこは失業率も高く、仕事があったとしても月に税込み900ズウォティ=3万6000円の稼ぎにしかならない。ピワ店では、500ズウォティ=2万円を越える靴は絶対に売れない。」と語る。


GfKポーランドが最近行った調査によると、全国2478市町村の中で半数以上の市町村の平均所得は、全国平均より20%も低く、反対に全国平均よりも20%以上平均所得が高い市町村は、わずかに64(2.6%)を数えるのみであった。*2


なぜポーランドは貧しいのか? もう少し、経済学的な言い方をすれば、なぜ、ポーランドの一人当たりGDP(国民総生産)は小さいのか? ポーランドの雇用者一人当たりGDPは2005年に3万5500ドルであり、ハンガリーの4万5200ドル、チェコの4万3600ドルよりも小さく、アイルランドルクセンブルグの1/3程度にしかならない。


しかしながら、マッキンゼーポーランドによれば、必ずしも、全産業でポーランドの競争力が低いわけではないと言う。同社によれば、同国のサービス産業の雇用者一人当たりGDPは4万4100ドルほどで、これは、ドイツ、英国の1/3の水準であるものの、チェコハンガリー、スロヴァキアの水準よりは若干高めであり、同国のサービス産業が中欧諸国中で高い競争力を備えている事を窺わせているとしている。
マッキンゼーでは、その結果、最近、ポーランド外資によるBPO拠点の設立が相次ぎ、HP社、ヴォルヴォ社がヴロツワフに、ルフトハンザ社、フィリップ・モリス社、IBM社、エレクトロラックス社がクラクフに、フィリップス社、アクセンチュア社、シティバンク銀がウッチに、全欧州業務をカバーする会計処理センターを立ち上げていることを紹介している。


ただし、これらの一流外資で雇用される人材はポーランドのサービス産業全体から見ればごくわずかであり、同国のサービス産業が中欧で相対的に生産性が高いことの説明にはならないと思われる。ポーランドのサービス産業については、研究の必要がありそうだ。


むしろ実情をよく反映していると思われるのは、同国の鉱工業における雇用者一人当たりGDPが4万1500ドルであり、これは、スロヴァキアより約1万ドル多く、チェコよりも1000ドル弱低く、ハンガリーとの比較では1万ドル弱低いとの数値であろう。
マッキンゼーでは、アイルランドルクセンブルグのそれが一人当たり10万ドル、ドイツ、フィンランド、フランスが6万ドルほどであるので、ポーランドの鉱工業における生産性が西欧平均にかなり近づきつつあるとの、ちょっとビックリするような数値を出している。


やはり、ここでも、最も高い生産性を挙げているのは、外資系製造業であり、一例として、グリヴィツェにあるオペル工場の生産性が、GMグループ全世界200工場中トップクラスにあり、労働コストが西欧比1/5であるところ、生産性(一台のクルマが組み立て+ラッカー仕上げを終えるまでに要する時間で測った場合)は西欧工場よりも20%ほども高い事が挙げられている。更に、グリヴィツェ工場では、生産ラインを出る完成車の95%が検査ラインで何の問題も検出されず、日本の水準に近いのに対して、欧州工場の平均は84%に留まっているという。


相対的に生産性が高いサービス産業がGDPに占めるシェアが60%弱(雇用労働者シェアは50%弱)、同様に、鉱工業がGDPに占めるシェアが30%強(雇用労働者シェアは約20%)であるところ、同国の生産性を大いに低めているのは、農業部門であり、GDPに占めるシェアがわずかに3%であるところ、雇用労働者シェアは約20%にも達している。


一般的に言って、欧州では、農業がGDPに占めるシェアと雇用労働者に占めるシェアとがほぼ拮抗している。GDPの実に75%以上がサービス産業で生み出されるルクセンブルグでは、農業がGDPに占めるシェアは1%、雇用労働者に占めるシェアも1%ほどであり、農業大国フランスですら、雇用労働者の4%が農業に従事し、GDPの3%を担っているに過ぎない。中欧諸国でも、ハンガリーはこの形態に近く、雇用労働者の6%に該当する農民が4%のGDPを産出しているのみである。


ポーランド農業は、とりわけ、旧ロシア、オーストリア支配下であった東部を中心として、戦前から零細経営によって特徴付けられていたが、体制転換後には、これに都会で職にあぶれた労働者が食うに困って農村部に住み着くという、いわゆる「偽装失業」問題が顕著となり、農村部の生産性低下に拍車をかけた。「解雇された従業員は農家の実家に戻って自宅でパンを焼いた」のである。「失業者の多くは実家の農作業手伝い、商店での店番や育児などの役割を家族の中で果たしており」、幾分、叙情的に言えば、「家族愛の絆の中で家庭内で養われている」という現状がある(引用は吉野悦雄氏の論文から)。


EU加盟後には、ポーランドの農家に対しても直接補助金が下りるようになったが、EUが支援のターゲットとしているのは、中規模以上の専業農家であり、EUの域内競争に耐えるだけの体力を有している農家が中心である。これらの事情から、当分の間、ポーランド零細農家のきわめて低い生産性、それに起因する貧困という問題は、西欧への移民以外の具体的な解決策を見ないまま推移すると思われる。


さて、農業部門全体の低い生産性に改善の見込みが薄いとすれば、鉱工業部門の固定資本投資を増大させるか、個人消費を増大させるか、あるいは、所謂、「外需」に当たる輸出を増進させるかが、最も確実に経済発展を加速化させる道となる*3。このうち、個人消費の伸びが著しいことは既に述べた。


実は、ポーランド経済は、総固定資本形成でも高い成長率を実現しており、2004年に6.4%、2005年に6.5%、2006年第1四半期は7.7%、第2四半期は14.8%、第3四半期は15.0%という高水準を達成している。


マッキンゼーに言わせれば、固定資本形成の伸びは、これでも、ポーランド経済の潜在力から考えれば、まだまだ低く、拡大基調にある財政規模を縮小し*4、法と正義が政権を握ってから事実上停止している優良国営企業(ユーティリティ関連など)の民営化を加速化し、より一層の経済自由化を推進すれば、さらに高い固定資本形成成長率を確保でき、延いては(弱体な農業を抱えたままでも)、より高い経済成長率を達成できるとしている。


マッキンゼーに限らず、ポーランドエスタブリッシュメントおよび世界銀行IMF等の主張には、大体上記のような内容が多い。エコノミストの立場からすれば、彼らの主張には100%賛成ということになるのだろうが、ポーランド社会を内側から見ていると、どうも、同国においては、彼らの主張が受け入れられる素地は無いように思われる。
雇用労働者の20%が農村に生活している中で、食うことに四苦八苦している国民がまだ多い現状では、農村部の貧困層の間に動揺を引き起こすような政策を採ることは、政権にとって命取りとなる。


ポーランド政府が掲げる300億ズウォティ水準の財政赤字、優良国営企業の民営化=外資への売却阻止、反ロシア感情をむき出しにした稚拙な外交戦術、これら一連の政策を貫くのは、ぬるま湯化したポピュリズムであろう。
しかし、ポピュリズムにもその社会が抱えている「病理」や、今という時代の「世相」が色濃く反映されているのであり、ポピュリズムと戦うに当たって、過度に自由主義的な主張を行っていくことは、むしろ非現実的であると思われる。
今後はこの辺りも念頭に入れた、より深い政治批判を行って行きたいものだ。


参考文献:
ニューズウィークポーランド版11月12日号
A.T.カーニーポーランド社&マッキンゼーポーランド社  「Receptury McKinsey & Co. i A.T.Kearnry」
吉野悦雄 「ロシア・東欧経済」、ロシア研究第36号、(財)国際問題研究所

*1:一般的には、Kiermasz: キェルマシ。本文では、lumpeks: ルムペクスという自嘲的な表現が使われている。かつて、社会主義時代には、コカコーラやコルゲートの歯磨き粉など皆の憧れであった西側製品はPewex: ペヴェクスという外貨ショップでのみ販売されていた。恐らく、ペヴェクスからの連想でこんなオモシロ単語が出来たものと推測される。ちなみに、自分もワルシャワ市内の大規模ルムペクス店舗を覗いてみた事がある。厳冬期であったが、ファスナーが壊れた防寒服、コーヒーのシミが付いた新古品の厚手のセーターなどが30ズウォティ(1200円)前後で販売されていた。購買層は、中年以上の労働者階級とアジア系、中東系の移民が多く、これはこれで商品の回転率もよさそうであった。

*2:ちなみに、同調査によると、ワルシャワの平均所得は全国平均プラス58%にも達しており、ダントツに金持ちが多い街となっている。

*3:輸出については、2005年には、対前年比19.6%増の714億2350万ユーロを記録、2006年1〜9月では、対前年同期比23.2%増の632億8840万ユーロを記録している。輸出立国を目指すポーランドにとって、積年の悲願となっている貿易黒字達成化への道も徐々に開けつつあり、貿易赤字幅は、2003年に50億7700万ユーロ、2004年に45億5200万ユーロ、2005年には22億4200万ユーロと着実に減少して来ている

*4:政府は年間の財政赤字額を300億ズウォティ=約1兆2000億円に抑え、マーストリヒト条約の定めるユーロ導入条件である財政赤字の対GDP比3%を満たしているものの、好況による税収アップが見込まれる現在にあっては、この水準でも歳出過剰にあるというのが、大方のエコノミストの見方である。2006年9月には、世界銀行ポーランドの財政拡大傾向を批判する定期報告書を公表している。http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/COUNTRIES/ECAEXT/0,,contentMDK:20268176~pagePK:146736~piPK:146830~theSitePK:258599,00.html