今朝早くに下シロンスク地方の小都市を訪ね歩いた旅行から戻ってきた。詳細は、『ポーランド経済再生の現場を行くシリーズ 2』に譲るとして、今日は、少し違った観点からポーランド経済を眺めてみたいと思う。

自分で言うのもなんだが、私は料理が上手い。今日も、ハンガリーの代表的な料理である「グヤーシュ」を作ってみた。まず骨付き牛肉1キロを丁寧に脂肪を取り除いて角切りにする。牛肉は骨付きを選ばないと美味しくない。にんにくを炒めた上にドンドン肉を載せていく。後は、骨付き肉ならではの、こってりとした肉汁が出て来るから、火加減だけ見ていれば良い。ここで、ゴマの葉と粉末唐辛子、蒸かしたジャガイモを加えると、韓国料理のカムジャタン(ジャガイモなべ)もどきが出来るし(本場では、とんこつと豚の尻尾の骨からだしをとります、一応)、ジャガイモに千切りキャベツ、ニンジン、グヤーシュの素(自分で面倒なことはしないのがミソ)を加えてグツグツ炒め、22%のサワークリーム(なければクリームチーズで代用)をドカドカかけて、味がなじんだところで、決め技の濃縮トマト一瓶(200グラムくらい)をドバーっと加え、さらにグツグツグツグツ、はい、もう本場ブダペシュトの風味に仕上がりました(多分)。
グヤーシュを食しながら、トマトソースにサワークリームを加えてみたというのは、ハンガリー人の10大発明の一つではないかなどと夢想してみた。
保守系の週刊誌『フプロスト』誌の1月22日号に、著名な経済学者でありコラムニストでもあるヤン・ヴィニュツキ(Jan Winiecki)が、「ポーランドは美食で抜きん出ることができるかもしれない」(Polska moze sie wybic na smakowitosc)と題するエッセーを発表している。
彼によれば、ポーランド料理とは、中世に大国として君臨した「(ポーランドリトアニア)両国民の共和国」(Rzeczpospolita Obojga Narodow)の伝統を引き継いで、他民族的な特徴を持ったものであると言う。一例として、酸味のある冷たいスープであるフウォドニク・リテフスキ(chlodnik litewski)=リトアニア起源、バルシュチ・ウクラインスキ(barszcz ukrainski)=ウクライナボルシチが挙げられている。
ところが、現実には、ハンガリー料理、ロシア料理のレストランが世界中にあるのに、ポーランド料理レストランはほとんど無い。ワルシャワクラクフといった大都市でさえ、伝統的なポーランド料理を食べさせる店は稀であると言う。
ポーランド料理=不味い」説は、すでに定着しつつある感があるが、ヴィニェツキに言わせれば、それは宣伝の不足から来るものであって、世界を相手にポーランド製の珍味を売り出すチャンスは無限大である。最近、西欧諸国でも人気が高まってきたポーランド産のハム・ソーセージは言うに及ばず、まだまだ、ポーランドには地元以外では知られていない名産品が多く眠っているらしい。フプロスト誌の記事からいくつか例を拾ってみよう。

キンジュク(kindziuk):
リトアニアのアウクシュトティ(Auksztoty)地方起源のソーセージの一種で、スヴァウキ地方の方言では(na Suwalszczyznie)、スキランディス(Skilandis)と呼ばれている。腸詰めにした豚肉を冷暗所で乾燥させ、低温の煙で燻す点が特徴であると言う(ポーランド人は燻し技術に関してうるさい。例えば、一般のスーパーでも、低温状態で燻したニシンと高温状態で燻したニシンは別商品として扱われる)。

ルヴフ・シロンスキ(Lwow Slaski)産のビール:
かの地には、1209年創業の欧州最古のビール醸造所(browar)の一つがあり、現在でも独特の風味のビールを生産し続けている。

以前、ジェトロワルシャワ事務所を訪問した折、「チェコに行けばボヘミアン・ガラス、ハンガリーに行けばヘレンド/ジョルナイの陶器がある。ところが、ポーランドルーマニアには、その国を代表するような民芸品、伝統産業の類が育っていない。このことは将来、案外大きな問題となるかも知れない」という話を聞いたことを思い出す。

日本も明治期には、漆器、陶器などの伝統工芸品をヨーロッパ風にアレンジして輸出することにより外貨獲得を目指した。それから、百数十年を経て、いまや、マンガは世界を席巻しているし、スシ、サシミ、サケ、アツカン(熱燗)などの日本料理も急激な広がりを見せている。

グローバリゼーションの時代を迎えて、世界の人々は、異国の文化や食べ物に対する受容性を高めつつある。日本はソフト文化の輸出にかけては、非常に成功している国の一つだ。
ポーランドの伝統産業が輸出につながり、世界で受け入れられる日が来るのだろうか。正にこれからが楽しみなテーマである。