ワルシャワは毎日、零下30度以下、バスの窓が厚い氷で覆われて外が見えない。ついつい、バス停を見逃しそうになってしまう。

昨日は、ついに、「厳しい寒さのため、1月29日までの間、お客様の申し出が無い限り、主要停留所以外ではドアを開きません」という張り紙まで出た。スーパーでは、スキー服を一般のジャケットとして売っている(当然、手袋もスキー用)。
寒さに強いはずのポーランド人が、酷寒にビビッている姿は、ちょっと可笑しい。
さて、われらがヒーロー、カチンスキ(Kaczynski)大統領は、新しいママゴトに大喜び、今日から彼のことを最大限の親しみと侮蔑をこめて、クレティンスキ(KRETYNski=カス野郎)大統領と呼ぼう。
彼が夢中になっている新しいママゴトというのは、例の「BPH銀-Pekao銀合併問題」である。

日付の記事でも書いたように、オランダのEureko社は、ポーランド最大の保険会社であるPZU社の株式の21%を同社に売却するとした約束を守るようポーランド政府に再三申し入れをしている(現在、Eureko社はPZU株の30%を取得済み)。この件では、ポーランド政府は、ロンドンの国際仲裁裁判所での裁判に敗れており、Eureko社に対して多額の賠償金支払い義務を負っている。
これとは別件だが、ポーランド政府は、UniCredito銀の傘下にあるBPH銀とHypo und Verains銀の傘下にあるPekao銀の合併にも反対していることは、日付の記事で述べた。

ここに来て、クレティンスキ(KRETYNski)は、UniCredito銀に対して、「BPH銀株式をオランダのRabobank銀に対して売却するように」という御触れを出した。小国の大統領からの珍妙な提案に対して、UniCredito銀は拒否の姿勢を明確に示している(Paolo Fiolentino副頭取の言)。
リベラル派のNewsweek Polska誌の報じるところに拠れば、KRETYNskiの理屈はこうである。Rabobank銀は、BGZ(Bank Gospodarczy Zywnosciowej: 農業経済銀行。日本の農林中央金庫に該当)の株式の35%を取得しており(BGZ株の43.5%は国庫省が保有)、以前には、BPH-BGZ-PZUの3金融機関を手中に収め(PZUは傘下のEurekoを通じた間接支配)、ポーランドで一大金融コングロマリットを築き上げるという構想を持っていたらしい。
そこで、Rabobank銀に対して、国庫省と株式を折半する条件で、上記3金融機関の合併を推進しようという提案を行ったのである。恐らく、経済オンチのKRETYNskiにサル知恵を付けさせたのは、ミコシュである。
少し考えれば分かることだが、今回の提案は根本からおかしい。第一、政府が一民間銀行に対して、「お前がこれこれの資産を持っているのは、生意気でけしからんから、即刻手放すように」などと命令できるのだろうか?
無論、水を向けられたRabobank銀にしても、「我々はBGZ銀との協力に傾注していくつもりで、BPH銀の吸収は考えていない」と突き放した(odzegnac sie)談話を発表することに終始している。東欧のアホ政府と付き合っても時間の無駄といった風情である。

この件に関して、Unicredito銀−Hypo und Vereins銀の合併を認可した欧州委員会が、ポーランド政府に対して、なぜ、BPH銀−Pekao銀の合併を認めないのか説明を求める書簡をすでに出している。
その回答期限が今日(1月23日)である。午後になっても返答は来ない。ついに業を煮やした欧州委員会側から「最終通牒」が寄せられた。それは、「今後15日以内にポーランド政府からの回答がなされない場合、同国政府がEU法が定める資本移動の自由を侵していると断定し、ルクセンブルグの欧州司法裁判所に対して告訴する」との内容のものであった。

欧州司法裁判所は、EUの法規制が加盟国政府によって守られているか判断する裁判所であり、加盟国がEU法に違反していると判断した場合、多額の罰金支払いを命じることが出来る。以前にも書いたが、欧州政治の難しいところは、国民国家の上に国際機関がしばしば超然と聳え立っている点である。

EUと事を交えようとしているポーランド政府は、UniCredito銀がBPH銀の民営化に参加する際、取極めの中に「ポーランド国内の競合金融機関の民営化に参加しない」との条項が含まれており、今回のBPH-Pekao合併は、これに抵触するもので認めることが出来ないと主張している。

ただし、本条項を巡っては、国内の法学者間でも見解が分かれており、なんと言っても、EUの国際機関で活躍するユーロクラートと呼ばれる官僚連中の権限は大きく、とりわけ、小国に対しては絶大な権力を揮ってきた。ポーランド政府が裁判で善戦することはほぼ不可能である。
そればかりか、今回の合併は、かっての東京銀行(Pekaoに類似)と三菱銀行(BPHに類似)の合併に酷似しており、合併後の運営さえ上手く行えば、ポーランド経済の競争力増大に必ずや貢献するものである。

こんなことを言っても、KRETYNskiには理解できるはずも無いが(O to jest juz nadmiarnie trudna sprawa dla slabego rozumu Naszego Bohateru KRETYNskiego....)、、、

更に恐ろしいことに、Newsweek Polska誌によれば、KRETYNskiは、国庫省が株式の51.6%を保有する国内第2行であるPKO BP銀とPZUとの合併を構想しているという。同誌の指摘を待つまでも無く、問題の多い半官半民の金融機関同士を合併させた後に待っているのは、決して収拾の着くことのない深い混迷のみであろう。*

閑話休題。私は、2005年末という時期からポーランド留学を始められたことを本当に感謝している。それは、自分の真近で始めて、本物のポピュリスト(大衆扇動)政権を観察することができているからである。政治学の学習に現在のポーランドほど適した地も珍しいかもしれない。

ただし、注意する必要があるのは、カチンスキ政権が、金融機関に的を絞って外資排斥的な行動を取っていることである。これとは対照的に、製造業に関しては、経済省のテクノクラートが主導する外資誘致政策が着実に進展している。
マルチンキェヴィチ首相も先日、「2006年中に高速道路を200キロ建設する」と述べたが、高速道路網の早期整備は、とりわけ、製造業外資が長年求めてきたものでもある。

翻って、金融市場を見てみると、ポーランドへは西欧・米国・日本からの短期資本が潤沢に入ってきており、株式市場は連日の大商いとなっている。

ポーランドは、市場経済化の恩恵を受けられた人間と、そうではない人間との間の格差が急速に広がっている社会である。いわゆる「負け組」が抱く行き場のない憎悪は深刻である。

もしかすると、カチンスキの政策は、そこを衝いているのかもしれない。つまり、成功者である外資系企業と外資系企業に勤めるエリートビジネスマンへの羨望と怨嗟の念を、金融機関攻撃によって吸収し、自らの政治パワーに変えているのではないかという事だ。
そこには、多少、外資系金融機関をいじめても、良好なマクロ経済指標を背景として、国外からポーランドの金融市場へ流入するホットマネーが先細ることはない、との計算も含まれているかも知れない。

いや、そう結論付けるのは早計かもしれない。カチンスキの政策を見ていると、彼がそこまで頭が良いサルであるとは思えない。
本当に有能なポピュリストであれば、経済成長を持続させなければ、国民の支持が失われることを良く知っているはずだ。その点、カチンスキが描く経済政策のグランドデザインのようなものは全く見えてこない。

やっぱり、私には、カチンスキはただのクレティンスキで終わるように思われるのだが、、、