今回は、大統領(カチンスキ)と中銀総裁(バルツェロヴィチ)の対立という観点から、カチンスキ批判を繰り広げてみたい。

そもそも、カチンスキは選挙戦のさなかから、「俺が大統領になったら、バルツェロヴィチはクビにする」と明言していた。これに対して、バルツェロヴィチも盛んに応戦し、とりわけ、カチンスキが大統領に就任してからは、中銀総裁という立場にありながら、折に触れて、カチンスキ政権の政策を批判し、当ブログでも、何度か動静を伝えてきた「BPH銀とPekao銀の合併問題」についても、彼は、大統領と真っ向から対立し、両行の合併を認めるよう主張していた。
両者の対立は、いまや、感情的な論戦にまで発展しつつある。事の発端は、3月3日にカチンスキがロイター電との取材のなかで、
「(来年一月に任期が切れる)バルツェロヴィチの再任はしない。後任には、彼とは違った金融政策観を持った人物を当てる。バルツェロヴィチはマネタリストであり、インフレ(の抑制)と通貨価値の安定のみに傾注している」とした上で、「彼は、経済をマクロ的な視点からのみ捉え、その他の重要な要素、たとえば、改革が社会に及ぼす影響や企業経営者が直面しているビジネス上の現実などは一切考慮しようとしていない」との自論を展開して見せた。
更に、外電であるロイター電に対して、「私はエコノミストではないので、軽はずみな事は言いたくないが、しばしば、バルツェロヴィチ総裁とは、私は経済問題というよりはイデオロギー上の問題で(対立軸を)持つことが多いと感じている」との発言までした。

私がここで問題だと感じたのは、①そもそも、カチンスキが、中央銀行の役割が、インフレの抑制とそれを通じた通貨価値の安定にある、という一般常識を知らないこと、②事もあろうか、外国の通信社の取材に対して、「うちの国では、政府と中銀の仲が悪くて、俺たちはケンカばっかりしてます」と言っていること、の二点である。第二の点に関しては、これ以上、コメントする必要も無いだろう。
第一の点に関しては、今日(3月7日)付けで、バルツェロヴィチが出した声明の中でも痛烈な反撃が加えられている。曰く、
「政治上の権限云々のことは言わないまでも、大統領の表明した立場は以下のような、至極当然な疑問を惹起させる。つまり、大統領は、中銀総裁をして、我が国通貨の価値に対する配慮を減ずることを期待しているのか、ということである。仮にそうであるとしたならば、我が国憲法第227条の「中銀総裁は通貨価値に対して責任を持つ」という条文と、(自分の発言とを)どう折り合いをつけようとしているのか? 中銀人事に関するご自身の選考基準をご披露されるのは良いとして、一体、大統領は、国民に対して、どんなインフレ率を約束できるというのか?」と強烈である。
私は常々、バルツェロヴィチの他人を見下すような発言スタイルは、見ている分には面白いものの、中銀総裁としての立場からは、いかがなものであろうかと、眉をひそめてきたものである。
今回の発言でも、カチンスキの挑発に乗じて、彼の生来の性格が爆発してしまったが、そもそも、本当におかしいのは、やはり、カチンスキの発言ではないだろうか?

こんなところで、日本の小泉首相を持ち出すのも、少々、場違いかもしれないが、彼は、福井現日銀総裁を任命する直前(2002〜2003年)に、新総裁が備えるべき条件として、「デフレ退治に真剣に取り組める人」というのを挙げていた。この意味では、彼の発言は、中銀の政策が、第一義的には、通貨供給量のコントロールを通じて行われるものである事をよく踏まていたといえる。
これに対して、カチンスキの議論は、「改革が社会に及ぼす影響や企業経営者が直面しているビジネス上の現実」等の常套句で、なにやら、弱者救済的なニュアンスを匂わせ、金融政策のことに付いては何一つ触れていない。この人は、「デフレ傾向に歯止めをかけたい」、「通貨供給量の調整を通じて云々」という言葉は言わない、あるいは、意図的に使わない、ようにしているのだろうか?
弱者救済であれば、それは、福祉政策に属する事柄であって、中銀がどうこうする問題ではないし、体制転換初期の混乱期はいざ知らず、そもそも、同国政府は、貧困層対策費も捻出できないような弱小政府ではない。
気になるのは、カチンスキが「通貨価値の安定」という言葉を使った点である。これは、明らかに、昨今のズウォティ高を念頭において、何とか、為替安方向へと市場を誘導したいとする同国政府のスタンスを滲ませた発言である。
ニュースソースは失念してしまったが、最近も、あるマスコミの記事で、マルチンキェヴィチ首相が、インターコンティネンタル・ホテルで開かれた外国通商代表部との朝食会の席で、具体的な数字まで出して、ズウォティ相場について言及したことで、在ワルシャワ外交筋の失笑を買っていることが報じられている。
通常、ある程度、経済が成熟した国であるならば、自国為替相場に対する踏み込んだ発言は、中銀総裁以外には許されない事になっている。そうすることによって、「要人発言」なる情報が錯綜してマーケットが混乱に陥ることの無いよう、注意がなされている。
このところ、ポーランド経済は、外国投資、輸出の急増などの好条件が重なり、順調な成長軌道に乗っている。政府「要人」が余計なことをして、経済に悪影響が出ないことを願うばかりである。