ポーランドでは今年秋に控えている大統領選挙で現職のカチンスキ大統領が再選なるか、現与党の市民プラットフォームの大統領候補が初当選を果たすのかをめぐって、再び熱い政治の季節を迎えつつある。

さて、政治家について評価を下すことは殊の外難しい作業のようだ。政治家も人の子であり、人生に一つの解など存在しないのと同様、善悪の二元論で単純に理解できるような存在ではないからかもしれない。

3月13日付の高級紙「共和国」新聞には、アンナ・ソブル=シフィデルスカ(Anna Sobor-Swiderska)という歴史家が出版したヤクブ・ベルマン(Jakub Berman: 1901-1984)に関する伝記を痛烈に批判する記事が出ている。
ベルマンは、ワルシャワ大学法学部在学時から共産主義思想に傾倒し、ポーランド共産党(KPP)に入党、39年に独ソ戦開始と同時にソ連占領地入りし、はじめはポーランド人向けの共産主義プロパガンダ紙の編集にかかわり、次いでウファに移ってソ連の意向に忠実なポーランド共産主義者の養成に携わり、大戦末期までにはスターリンの信頼を得ることに成功、ソ連軍と共にポーランドに帰国後は、スターリンの忠実な部下として、秘密警察(UB)及びイデオロギー担当のトップとして多くの政治犯の処刑に深く関わったとされる党政治家である。

当然、ポーランドではベルマンの名前は、悪の象徴として想起されることが多い。共和国紙は、ソブル=シフィデルスカの伝記が、60−70年代にかけて当時既に政界から退いていたベルマンの自宅に仕掛けられた盗聴記録を元に作成された数百ページに上る膨大な報告書という超一級資料を用いていながら、あたかも当時の秘密警察の盗聴意図が68年に起こった3月事件(ユダヤ系知識人の大規模な国外追放キャンペーン。ベルマンはユダヤポーランド人だった)の証拠固めをすることにあったとの事実無根の記述を大量に行うことに終始してしまったと批判している(共和国紙に拠れば、同報告書からは、むしろ「ベルマンのイデオロギー観の変遷が読みとれる」という)。
更に、ソブル・シファデルスカ女史の筆致は、ベルマンが非常に高いファッションセンスと教養を備えていた人物であったというような意外ではあるが「切り抜き記事的な」枝葉の情報にばかりフォーカスしてしまって、肝心要の彼が行ったおぞましい政治抑圧の実態についてはほとんど触れず、憶測だけを頼りに重要な歴史上の新発見でもしたかのような錯覚に陥っていると手厳しい。

しかし、少し離れて、悪の権化としての評価が定まってしまっている政治家の伝記を書こうとする歴史家の心境と、それを卑しくも商業ベースに乗せて販売しようとする出版社の意図とを考え合わせて見ると、何となく、このような形でしか、50年代に活躍したスターリンの子飼いの伝記など今更出版できなかったような気もするのだ。
政治家のイメージは、公の人としての顔と一般人としての顔とが交錯し、それにその個人に様々なチャンネルを通じて関わった人々の記憶や、公式記録との矛盾や乖離などが厚く堆積することにより形成されて行く。ある政治家の真の姿を追おうとする者は、常に五里霧中の中を彷徨しているような気分を味わうことになる。

そんなことを思いながら、大衆紙「ファクト」を開くと、艶やかな黒いローブに包まれたオリヴィア・ウィリアムズ(42歳)の見返り美人姿の隣に、秋の大統領候補として指名される可能性のあるシコルスキ外相(Radoslaw Sikorski: 47歳)が米国人歴史家である妻のアンナ・アップルバウム(Anna Applebaum: 46歳)と共に小さく写っている。見出しには黒々とした大文字で「シコルスキは妻に以前のガールフレンドを見せた」とある。なんだろうと思って読んでみると、シコルスキが妻と共に、今週木曜、ロマン・ポランスキ監督の最新作である「ザ・ゴースト・ライター」を見にワルシャワのとあるシネコンを訪れたとある。以前、シコルスキ自身がプレイボーイ誌(ポーランド版)に語ったところによると、ゴーストライターの主演女優であるオリヴィア・ウィリアムズとは英国滞在中に4年間一緒にいたのだと言う。記事は、結局のところ、シコルスキ夫妻の関係は嫉妬が入り込む余地がない(nie ma miejsca na zazdrosc)ほど良好なので、大臣も平気で昔の女が出ている映画に妻を誘えたのだと結んでいる。

小生もゴーストライターを大変な興奮を持って見たものだが、英国政府内におけるCIAの暗躍を描いた政治サスペンス映画の主人公は、英国の前首相の伝記を執筆するゴーストライターの青年である。
政治家をめぐる物語はいつの時代も尽きることがない。大統領候補選(prewybory)の有力候補とささやかれる男は、政治家の伝記を書かされるゴーストライターの姿に一体何を見たのだろうか。