昨日、国会で「家族給付金法改正法」(Zmiany w ustawie o swiadczeniach rodzinnych)が採択された。改正のポイントは、新生児出産時の出産祝い金の大幅増額であった。ポーランドでは、出産祝い金のことを比ゆ的に「赤ちゃんの前掛け: becikowe」と呼んでおり、新聞の見出しにもこの単語が頻出している。

ポーランドでも少子化は深刻な問題となっており、出生率は、2004年には、全体で1.227%(都市部では1.124%、農村部では1.400%)となっている。これは、2005年度の日本の出生率速報値1.26±%よりも低く、深刻な数字である。
事態打開を図るべく、少数与党である右派中道政党PiS(法と正義)は、これまで最貧困家庭を対象として、第一子出産から支給していた出産祝い金を500ズウォティ(約1万9000円)から、一挙に1000ズウォティ(約3万8000円)に引き上げ、一般に低所得層の多い農民に対しては、新規措置として、2006年に総額で4000万ズウォティ(約15億2000万円)の出産助成金(詳細に付いては未決定)の支払いを行うという家族給付金法の改正案を提出していた。
これによる財政負担増は、前者(1億3000万ズウォティ)と合わせ、1億7000万ズウォティ(約64億6000万円)となる見込みであったが、この政府案に対して、横槍を入れてきたのが、PiSに近い民族主義政党「LPR: ポーランドの家族同盟」だった。
LPR案では、先の最貧困層向け出産祝い金支払い額の倍額(500⇒1000ズウォティ)に加えて、所得に関係なく子供を出産した母親に対して一律1000ズウォティの支給(最貧困層に属する母親の受取額は、これだけで2000ズウォティとなる)、農民向け特別出産助成金の10億ズウォティへの増額が謳われており、LPR案実現時の財政負担増は、一気に14億8000万ズウォティ(約562億4000万円)の巨費に達すると見られていた。
実際のところ、現在のポーランド政府には、追加的財政負担を行う余力はほとんど残されていないのだが、PiSは、LPRの支持を失うことを恐れ、LPR案を支持、PiS−LPRの支持により同案は下院を通過、上院での審議に付された。*
実は、この時点で、PiSには「奥の手」が残されていた。出産祝い金の給付は、地方自治体が責任を負うことになっている。これを利用して、LPR案に「出産祝い金支払いの追額に付いては、地方自治体の自由裁量とする」という一文を挿入することにより、同案を骨抜きにしようと試みたのである。結局、この修正案が上院で採択されるこことなり、再び下院での審議に付されることとなった。
PiSの誤算が明らかとなったのは、この後だった。
出産祝い金の増額には当初から反対の立場を堅持してきたリベラル中道派の野党第一党であるPO(市民プラットフォーム)が大挙して、上院修正案に反対、元のLPR案を支持すると表明したのである。そして昨日、LPR−POという本来であれば「水と油」の関係にあるはずの両政党の賛成多数で上院修正案は葬り去られた(上院の修正案/法案拒絶は、下院が投票総数の過半数で覆せば無効となる)。
なぜこのような事態が生じたのか? PiS選出の下院議員、Tadeusz Cymanski(タデウシュ・チマィンスキ)に言わせれば、「リベラル中道派のPOが、一夜にして、その性格を豹変させたとは思えない。これは、POによる戦略的行動(taktyczna zagrywka)であり、財政を不安定化させようとする試みである。」ということになる。
つまり、POは、ライバルであるPiSを窮地に追い込む目的で、敢えて、LPRが出した稚拙な法案を支持、PiS政権の自滅を画策しているというわけである。いかにもポーランド的な政治のやり方である。
「共和国」新聞は、「法律を巡る危険な遊戯」(Niebezpieczne zabawy z prawem)と題する論説記事を発表、一連の騒動を評して、「法律を台無しにしてきたポーランドの歴史に、新たな事例を提供することとなった」(Wszystko to stanowi kolejny przyczynek do historii psucia prawa w Polsce)と酷評している。記事は続いて、「(少数与党の元では、)下院からさらに奇形的な法律が出てくることになろう」(Z Sejmu wychodzic beda coraz wieksze dziwolagi prawne) と警鐘を鳴らしている。

完全に政争の道具にされてしまった感のある「出産祝い金」問題、延いては、少子化対策だが、欧州では、多くの国で出産祝い金、あるいはこれに準じた制度があると言う。
チェコでは、数日前に、出産祝い金を現行の8600チェコ・コルナから1万7500チェコ・コルナ(約2500ズウォティ)に増額する法律が制定され、ハンガリーでは、来年から、第一子出産から一律4万フォリント(約160ユーロ)相当の銀行口座を新生児に対してプレゼント、新生児が18歳に達した時点で口座を取り崩すことが出来る(18年後には利子を含めて800ユーロほどになっている)という、なにやら、日本の定額預金を思わせるような出産祝い金制度をスタートさせる意向である。
西欧諸国の出産祝い金制度は、さらにゴージャスである。ベルギーでは、第一子出産時には1000ユーロ(約14万円)が支給され、第二子には786ユーロ(約11万円)、第三子に対しては740ユーロ(約10万4000円)が支給される。スペインのカタルーニャ自治政府は、新生児が誕生する度に1800ユーロ(約25万2000円)の支給を行っている。
対照的なのは、ドイツで、現在のところ、出産祝い金制度はなく、その検討も行われていないらしい。スウェーデンでは、出産祝い金支給は行われていないが、その代わり、両親は、子供一人当たり約400ズウォティ相当(約1万5000円)の支給を毎月受けられると言う。
翻って、我が国の現状はどうであろうか。内閣府がまとめた「平成17年版少子化白書」によれば、全国の約四分の一の市町村で条例により、出産祝い金の支給が行われていると言う。しかし、多くの場合、第二子出産から支給の対象となっている(ただし、中には、広島県庄原市のように第一子出産から15万円を支給している例もある)。
他に、日本政府が行っている金銭的な子育て支援策としては、児童手当がある。これは、「小学校三年生までの児童を養育している人に対し、月額第1子・第2子5千円、第3子10千円支給していますが、前年の所得が一定額以上である場合には、所得制限により支給されません。」(http://www2.pep-net.gr.jp/data/ken/shien.htmをもとに若干修正)という貧弱なものであり、とても欧州の制度と比べられるものではない。

出生率の低下の中で、出産祝い金制度の行く先が見えないポーランド、そして、国主導の財政支援策がほとんど無きに等しいわが日本、二つの少子化国家の行く末は、どのように描かれるのであろうか。