以下の文章は、前回のポーランド政治キーワード論:「コスメティシズム」と「大シスマ」の続編です。


大シスマ」に関しては、周知の通り世界史の用語であり、11世紀末にカトリック教会と東方正教会が分裂(東西分裂)した事件を指す。
キリスト教会内部での教義解釈のズレという、やもすれば高踏的な対立軸が「大シスマ」の直接的な原因であるが、実は、そこには、東西ローマ帝国の覇権争いという現実的な側面もあった。
これとは対照的に、目下、ポーランドで展開中の「大シスマ」は、「内実を伴わない陰謀劇」、ありがちな「ドタバタ喜劇」を思わせるそれである気がする。


今年2月になってから、カチンスキは、国粋主義を掲げる右派政党と何ら実効性を持たない「安定化協定」(Pakt Stabilizacyjny)を結び、ひとまず、解散総選挙の可能性が無いかのような素振りを見せている。但し、これで、彼が国粋主義政党と本格的な共闘路線を採る決断を下した訳ではない。
このところ、先の総選挙で「民族労農ブロック」(Blok Ludowo-Narodowy)を結成していた国粋主義各党の支持率が低下しており、カチンスキは、解散総選挙を恐れる極右政党に歩み寄るスタンスを見せることで、少数右派政党としての政権基盤の拡充を図ると共に、自らの支持層の拡大を狙っているだけのことである。
しかし、安定化協定の締結は、白人カトリックのための「強いポーランド」の復活を目指す懐古主義的な一部世論を後押しするような雰囲気作りには、大いに貢献していると見てよいだろう。


一方の、親EU、グローバリゼーション是認派を自称する最大野党、「市民プラットフォーム」にしてみても、世銀の勧告に従う形での「農民年金:Kasa Rolniczego Ubezpieczen Spolecznego」改革の受け入れ、法人税所得税−消費税(VAT)を一律15%とするという「リニア税制」の提唱など、多分に自由主義的な「イデオロギー」の宣伝に努めているのみで、具体的な政策運用術は持ち合わせていないように思われる。
実は、「リニア税制」に関しては、新興国を中心として、中東欧でもルーマニア、スロヴァキアなどが採用に踏み切っているのだが、ワルシャワ経済大学(SGH)のグジェゴシュ・クラ(Grzegorz Kula)教授が、全世界のリニア税制採用国の法制を丹念に調べ上げた最新論文に拠れば、「純粋な一律税率を採用している国は皆無であり、現実には、各国とも、課税控除や課税猶予を導入している。所得税と比較してより単純な税制である法人税でも、純粋な一律税制の基準を満たしている国は無い。」という。続けて、氏は、「リニア税制を巡る(ポーランド国内での)議論は、イデオロギー色を多分に帯びており、成熟した議論なくして、妥協が成立する見込みはほとんどない。」と結んでいる。


こうして見てみると、ポーランド社会は、超国粋主義と超自由主義という二つの極端な軸との間に引き裂かれつつあるのかもしれない。しかし、本当は、ポーランド人も分かっているのだ、何か社会を包み込む大きなうねりに、自分たちが不必要に踊らされ、無駄なエネルギーを消費させられているのだと云うことを。
かつての旧共産党政権の主だったメンバーが、政治の表舞台から姿を消しつつある現在、政権運営歴が一度も無い若手議員たちが主導する政治の世界で引き起こされているのは、「コスメティシズム」であり、その延長線上にある荒涼とした「大シスマ」である。ポーランド政治は、いま、世代交代の生みの苦しみの中を迷走し続けている。