ポーランドでは、反ユダヤ主義を標榜する「ラジオ・マリア」をカチンスキ大統領が擁護し、過激な民族主義を掲げる「自衛」との連立政権が発足、数日中にも閣僚の一部入れ替えが行われる模様である。

これを受けて、過去に駐仏大使、駐露大使を務めた老獪な職業外交官、ミレル(Stefan Miller)外相も辞意を表明した。
今後、ポーランドの対近隣諸国関係が悪化することは避けられまい。

さて、去年、11月17日付けの記事タイトルは「ポーランド・ロシア貿易戦争」だった。

『反ロ派として知られるレフ・カチンスキが大統領に就任してから、ロシア側による政権揺さ振りとも取れる、ポーランド産食肉の輸入禁止措置(11月10日)、農産加工品の輸入禁止措置(11月14日)が相次いで発令された』

プーチンカチンスキに一発お見舞いを喰らわせた、というのが持論だったが、どうも事態を単純に見すぎていたようだ。

4月9日付けNewsweek Polska誌は、ロシアが、ポーランド産豚肉の輸入を昨年11月に禁止した直後、翌12月にはウクライナ産豚肉の輸入も禁止したことを伝え、その背景には、全ロシア国民の27%(4000万人)を占め、貧困にあえぐ農民(畜産業者含む)層を保護する意図があったと伝えている。
つまり、体制転換後に、来るべきEU市場での競争を見据えて、近代化投資を積極的に進めたポーランド農業の競争力が、もはや、ロシア農業のそれを大きく上回り、価格面でも品質面でも優位に立ったポーランド農畜産物流入を、なりふり構わぬ禁輸措置で防ぐことにより、ロシア農村の更なる解体を何とか食い止めているというのが、より真実に近いと言うのである。
同誌によれば、ロシア・ウクライナでは、国内畜産業者の高コスト体質から豚肉価格がポーランドよりも高い(モスクワではキロ80ルーブル=9ズウォティウクライナでも8ズウォティほどであるところ、ポーランドでは5ズウォティ)一方で、月平均賃金は、ウクライナが1078フリヴナ(696ズウォティ)、ロシアが8189ルーブル(965ズウォティ)で、ポーランド(約2500ズウォティ)の1/3〜1/2以下の水準にしか達していない。
その結果、ロシア・ウクライナでは、豚肉の年間消費量が一人当たり50Kg以下しかなく、ポーランドの66Kgを大きく下回るばかりか、家計に占める食料品支出比は60%(ポーランドは32%)となっており、多くの家計が「まず食うこと」に四苦八苦している様子が窺える。
驚くべきことに、ロシア・ウクライナの畜産業者にしてみれば、これだけの高価格で豚肉を販売しても、利益はほとんど出ないか赤字経営になってしまうと言う。
ここに、安価で高品質なポーランド産豚肉が大量に入った場合、どういうことになるか。それは、即時に豚肉価格の低落をもたらし、都市住民にとっては福音であろうが、多額の政府補助金に頼って操業を継続している畜産業者にとっては、ひとたまりもないという事になる。
豚肉価格引下げを望む都市住民の声、そして、その据え置きを望む農村住民の声は、どちらも悲痛かつ切実なものであり、政府は対応に苦慮することになる。ウクライナの例では、過去数年間に豚肉の輸入関税率が130%から10%へと大幅に切り下げられた後、2005年11月には豚肉の全面禁輸措置が取られたかと思えば、翌12月には禁輸が解除され、今年3月23日には再び全面禁輸措置が導入されるという朝令暮改ぶりを見せている。
ウクライナの場合、今年3月の禁輸措置発令の背景には、悪化した対ロ関係の改善を図る現政権が、ロシアと同調して対ポーランド豚肉禁輸に踏み切ることにより、自国産豚肉の対ロ輸出再開を望んでいるという構図があるというのだから、状況は複雑だ。
ここに来て、ポーランドの大規模養豚業者は対抗策として、対ロシア・ウクライナへの直接投資を検討していると言う。ロシア・ウクライナの養豚場を買収し、ポーランド市場で培った技術を導入すれば、十分に価格競争力のある豚肉を現地生産できるというのである。なにやら、かつての日本の自動車輸出自主規制→米国現地生産の歩みを思い起こさせるような展開である。
しかし、ここでも「置いてきぼり」を喰らうのは、資本力に乏しいポーランドの零細養豚業者である。彼らは、ここ10年来とも言われる豚肉の国内過剰供給からくる価格低落の影響をもろに受け、なすすべを知らない。
Newsweek誌の記事はこう結んでいる。"Ze wsi jednak nadal slychac bedzie placz i zgrzytanie zebami..."(農村からは、悲嘆にくれる声と歯ぎしりの音とが聞こえ続けることになるだろう)。
市場経済が生み出した格差の拡大は、農村をも巻き込み、留まるところを知らない。スタインベックの描いた「怒りのぶどう」(The Grapes of Wrath)の世界が、東へ東へと拡大していく。