ここ数日間、ポーランドのマスコミは、マタ・ハリ(第一次世界大戦の伝説的な女スパイ)の異名を取る政治家、レナタ・ベゲルの話題で持ちきりだ。


先週木曜日、ヤロスワフ・カチンスキ首相(法と正義)は突然、アンジェイ・レッペル農相(自衛)の解任を発表、自衛との連立も解消し、法と正義は少数与党となった。その直後から、自衛のもとを去り、法と正義に合流しようとする造反議員が現れた。しかし、この時点では造反議員も心中穏やかではなかったはずである。というのも、レッペルは、昨年末の選挙戦の最中、立候補者全員に対して、自衛の「ロゴマーク使用料」として55万2000ズウォティ(約2100万円)の支払い+任期中の毎月1万1500ズウォティ(約44万円)の支払いを誓約させていたからである。


ただし、この「みかじめ料」の支払い義務が生じるのは、党を離脱した場合と党から除名された場合に限るとされていた。みかじめ料をカタに「力の政治」を貫く政治スタイルは、もともとが、農村部の用心棒連中を中心に結成された自衛らしい政治のやり口であると見ることもできるだろう。
9月25日(火)までの時点では、新聞報道(ガゼタ・ヴィボルチャ紙)でも、造反議員は、法的な観点から、これの支払い義務があるということになっていた。


ところが、この日の夕刻、ポーランド最大の民放であるTVNの番組で、自衛の有力議員にして造反の動きを見せていたレナタ・ベゲルが、法と正義のアダム・リピンスキ副代表と交わした会談の内容がすっぱ抜かれるという大事件が発生した。

ベゲル: 「私が、自衛から離党し、与党支持を表明するのと引き換えに、法と正義の党員資格と農業省の秘書官のポストを用意してもらえないか。」

リピンスキ: 「それについて問題は無い。われわれの下には多くのポストがある。(中略)例の「みかじめ料」の件についても、理論的には、下院が負担することが可能だ。特別な基金を設立して、この問題が顧みられなくなった時を見計らって、該当議員の立替を行うことなどが考えられる。」

TVNの隠しカメラで撮られた以上のようなやり取りが、全てそのままお茶の間に流出したのである。テレビカメラは、下院会館のベゲルの部屋に彼女本人の要望によって仕込まれたもので、これに関して、ポーランドの司法関係者は、「当事者の意思により録画された映像」であり、「隠し撮り」には当たらないとの見解を既に示している。


ベゲルは、法と正義の多数派工作の内実を暴露することにより、自らを「汚職と戦う闘士」として国民に印象付けたいようだ。
これを踏まえて、ガゼタ・ヴィボルチャ紙が27日に行った世論調査では、6割以上が、首相の辞任と解散早期総選挙を望んでいるという結果が出ている。


恐らく、レッペルには最初から脅し目的でしかなかった「みかじめ料」の徴収を本格的に行う意思など無い。25日の朝に「みかじめ料」の存在が広く国民に知れ渡り、同じ日の夕刻には、造反議員に限って、その「みかじめ料」を法と正義が肩代わりするという内容のビデオ映像が流れる。
どう考えても話が出来すぎている。
レッペルは、むしろ、ベゲルを利用して法と正義の金権政治ぶりをフレームアップすることにより、党勢を伸ばすことを念頭に置いていたのではないかという推測が成り立つ。


かつて、共産主義導入期のポーランドでは1948年頃まで、「人民民主主義」のもと「プロレタリア諸勢力による複数政党制」が実現していた。
しかし、この体制は、モスクワ帰還組によるフレームアップを多用した政敵潰しにより、早々に形骸化、ポーランド労働者統一党(PZPR)の成立による一党独裁制の到来を招いた。


結局のところ、ポーランド政治の力学は、スターリン期において高度に洗練化された、でっち上げや捏造を濫用した政治ライバルの排除、粛清という筋書きで説明できる部分がまだ大きいと思われる。