『スターリンが建てた映画館』にしてワルシャワを代表する映画スポットのひとつ、科学文化宮殿内「キノテカ」(Kinoteka)へと久々に行ってみた。社会主義時代に建設された巨大映画館が次々と閉鎖、取り壊しされる中(惜しかったのは、ワルシャワ経済大学の近くプワフスカ通りにあったモスクワ映画館だ。いまでは同じ場所にシルバー・スクリーンが建っている)、ここは社会主義時代の雰囲気を楽しむことができる稀有な場所のひとつとなりつつある。

今日見てきたのは、『幸せ』(Stesti:シテェースティー)というタイトルの2005年チェコ映画
映画の舞台はうらぶれたチェコの地方工業都市、その町に生きる貧しい男女のささやかな愛の物語である。

Monika (Tatiana Vilhelmová), Toník (Pavel Liška) a Dáša (Aňa Geislerová) jsou kamarádi od dětství.
モニカ(タティアナ・ヴェルヘルモヴァー)、トニーク(パヴェル・リシカ)そしてダーシャ(アニャ・ゲイスレロヴァー)は子供時代からの幼馴染だ。
Monika, Toníkova dávná láska, pracuje v supermarketu. Její přítel Jiří odletěl do Ameriky za prací a Monika doufá, že už brzy pojede za ním.
トニークの「モトカノ」(ダヴナー・ラースカ=チェコ語、ブィワ・ジェフチーナ=ポーランド語)であるモニカは、スーパーマーケットで働いている。彼女の「婚約者」(プシーテル=チェコ語、ナジェチョーヌィ=ポーランド語)であるイジーは仕事を求めてアメリカへと飛んだ。そしてモニカは彼の元へといつか自分も赴くのだと信じている。

トニークは外資の工場で働くことを拒み、独り者の叔母が経営する農場兼中古車廃棄工場を手伝っている。廃棄工場はすでに破産状態なのだが、彼は祖父もかつてロボトニク(労働者)として働いていた工場に愛着があって、そこから離れることができない。
ダーシャは2人の幼児を抱えた未婚の母親で、やはり2人の子持ちで会社経営者であるヤールの愛人になっている。ダーシャは何度もヤールに離婚を迫るのだが、彼にはその気がない。
そして、クリスマスの日がやってきた。長く連絡をよこさなかったイジーからの突然の電話に狂喜するモニカ。イジーは米国で安定した職を手にいれ、モニカにもベビーシッターの職を用意してやったのだった。米国行きの切符(レテンク=チェ、ビレット・ロトニチヌィ=ポラ)を送ってくれると約束するイジーにモニカは米国移住を決意する。

ところが、古くからの理解者であったモニカが去ることを知ったダーシャは精神の均衡を失い始め、精神病院に収監されてしまう。残されたダーシャの子供達の世話は、結局、モニカとトニークが引き受けることになった。しかし、モニカにはそのままチェコに残って、貧困の中をモトカレであるトニークとやり直すだけの決断はできなかった。
そんな折、イジーアメリカから一時帰国、すっかりアメリカナイズされた彼は、旧友達と打ち解けることができず、モニカと二人だけで高級シャンパンの栓を開けるのだった。彼女は、不安を抱えながらも新しい生活を夢見てプラハの空港を旅立った。
一人残されたトニーク、やがて彼の最大の理解者であった叔母が末期ガンで入院してしまう。臨終の枕元で叔母は自分の死後、トニークに農場と廃棄工場の一切を取り壊すことを命じる。こうすることによって、彼女はトニークの自立と再生とを後押ししようとしたのだった。

ある冬の日、何の前触れもなく突然ふるさとに戻ってきたモニカだったが、すでに幼少時代から慣れしたんだ農場も工場も取り壊し作業が始まっており、トニークは誰にも行き先を知らせずに町を後にしていた。モニカは一人、トニークを探すたびに出る。彼女が乗るバスが停留所を離れると、茶色い野良犬がバスとかけっこ競争を始めた。モニカの顔には希望へと繋がるような小さな笑みが浮かんでいたのだった(完)。

東欧らしい、しみじみとした映画だった。ポーランドには「オビチャイェ」(日常生活)という映画のジャンルがあって、結構な人気を誇っている。チェコ映画『幸せ』もそんなオビチャイェ・ジャンルの作品で、狭い映写室は観客で埋まっていた。外国移住の問題は、ポーランド人にとって極めて現実的で、日常生活の中でも常に直面するテーマのひとつだ。そんな彼らが映像に託していた思いには、特別なものがあったのかもしれない。

ただし、自分自身はこの映画を見終わった後、これは体制転換後の新しい政治プロパガンダの一環なのではないかとも疑ってみた。チェコは人口わずか1000万の小国であり、移民の問題はポーランド以上に深刻な問題である。そこで、チェコ政府筋が若手の映画監督と折り合いをつけて、『祖国に残るのはいいことだ』というメッセージ性を含んだ映画を作製したのではないか、そんな気もしてくるのである、、、、、

下のリンクは、「シテェースティー」の公式ホームページ。ただし、チェコ語のみ。
http://www.ceskatelevize.cz/specialy/stesti/ofilmu

下のリンクは在りし日のモスクワ座、戒厳令下の1981年に撮影されたもの)
http://szorty.pl/news/?id=1441