ポーランド南部から次々と入る自動車産業関連の威勢の良いニュースとは裏腹に、カチンスキ・ブラザーズのお膝元ワルシャワ発のニュースは、「国防上の重要企業」(具体的には石油精製の大手、PKNオルレン社を指す)の再国有化法案などのおどろおどろしいネタばかり、、、、 ラ・マンチャの男よ、そんなに急いでどこに行く??


【チェンストホヴァ、カトヴィツェ発】
8月1日付PAPニュースによると、自動車用安全部品(シートベルト、poduszki powietrne=エアクッション、ABSシステム)生産の世界最王手、米TRW社(2004年の全世界売上高120億ドル、全世界雇用6万1000人)は、このほど、カトヴィツェ経済特区のサブゾーンであるチェンストホヴァにおいて、3500万ドルの追加投資と600名の追加雇用を行うことを発表した。
同社は、体制転換直後の1990年に、当時の国営FSM工場(小型自動車工場)に対してシートベルトを納入する小規模プラントを建設して以来、16年間にわたってポーランドで事業展開を行っている外資古参組のひとつである。
現在、TRWポーランド社では、チェンストホヴァ工場(2拠点、3000名雇用)において、シートベルトを年産1200万本、シートベルト用止め金具を1900万個、速度レギュレータを200万基、エアクッションを1300万個以上等を生産し、全世界115以上のメーカーに納入を行っている。
他にも、同社では、カトヴィツェ経済特区内のグリヴィツェにおいて、300名を雇用し、年産200万基のブレーキシステムを生産、ワルシャワ近郊のプルシュクフにおいては、車体制御システムを生産、チェホヴィツェにおいては、運転制御システムの生産を行っており、とりわけ、チェホヴィツェ拠点では近く大規模な追加投資を行う旨発表している。
さらに、同社では、チェンストホヴァにおいて、2004年にエンジニア・センターをオープンさせ、自動車用安全部品の設計を行っている。同R&D拠点では、現在、150名のエンジニアが雇用されているが、2007年までには、これを300名にまで増員する予定である。


カトヴィツェ経済特区では、TRW社の案件以外にも、今年になってから自動車産業を中心に、以下のような投資案件が相次いで発表されている。

・メカコントロール社(スペイン)、840万ユーロ投資、50名雇用、自動車産業用プラスチック製品、アルミニウム部品
・マグネティ・マネリ・サスペンション・システム(イタリア)、400名を追加雇用、自動車用部品の生産拡充
グーリンクOHG(ドイツ)、770万ズウォティ追加投資、自動車産業用ガラス切断機、中刳り機(narzedzi diamentowych i borazonowych dla motoryzacji)
・ユジーヌ&アルツ(アルセロールグループ)、940万ユーロ投資、鋼板切断プラント建設
・ヘンケル(ドイツ)、220万ユーロ投資、金属加工機械、外装塗装機械(obrobka nakladania powlok)
・ウルマー(オーストリア)、130万ユーロ投資、機械産業用部品
・ミューラー・ディー・リラ(ドイツ)、3600万ズウォティ投資、ロジスティック・センター建設
・マペイ(ドイツ)、2100万ズウォティ追加投資、染料、ペンキ

今年に入ってから、カトヴィツェ経済特区では、すでに、10億ズウォティほどの投資が行われ、4000人ほどの新規雇用が創出されている。去年は、同経済特区に対して、8億8000万ズウォティ相当の投資が行われ、4100人の新規雇用が創出された。
これによって、同経済特区では90年代末の操業から現在に至るまで、累積ベースで、83億ズウォティ以上の投資が行われ、2万4000人以上の新規雇用が創出されたことになる。
カトヴィツェ経済特区の立地するシロンスク県では、鉱工業部門投資額が、年間で60億ズウォティ水準で安定的に推移してきており、毎年、同県の鉱工業部門投資の15〜20%ほどを経済特区が飲み込んでいることになる。
言うまでもなく、経済特区における投資の主役は外資製造業であり、南部ポーランド経済は、外資のリードによって力強く復興している。


ワルシャワ発】
このところ、カチンスキ兄首相は、「国防上の重要企業」(具体的にはPKNオルレン社)の再国有化を可能にする法案の準備に余念がない。
PKNオルレン社は、同国を代表する石油精製企業で、スキャンダルには事欠かない国策企業ではあるのだが、最近でも、リトアニアのマゼイキュウ製油所を買収し、今後5年間で10億ユーロの追加投資を行うと発表するなど、名実共にポーランドを代表する多国籍企業となっている(詳しくは、以下のサイト参照)。

http://www.pl.emb-japan.go.jp/relations/j_jousei060530.htm

さらに、同社は、ワルシャワ証取にも上場されており、1日あたりの取引額で見ても、連日、取引額上位5銘柄に顔を出しており、個人投資家の間でも高い人気を集めている(しかも、株価は2400円ほどで一株から買える)。
8月6日付ニューズウィークポーランド版には、ワルシャワ経済大学のアルトゥル・ノヴァク・ファル教授(欧州法)のインタビューが掲載されている。一部を抄訳してみよう。

N:70%以上のオルレン株は民間投資家の手にあるが、これを政府が買い戻すことは可能なのか?

−有価証券等監視委員会では、一定率以上の株式保有に関して、許可を出さないこともありえる。買取があるとすれば、独禁法に従った審査を消費者・競争保護庁および欧州委員会が行うこともありえる。しかし、これはあくまで例外的な場合だ。(中略)そもそも、EUの全加盟国は、完全な資本移動の自由を確約する義務を負っている。たとえ、それが、中国企業やロシア企業によるポーランド企業の買収であってもだ。

N:しかし、イタリア企業がスエズ社を買収しようとした際には、フランス政府がガス・ド・フランス社を間に挟んで、買収を阻止させたが。

−卑しくも法治国家であるならば、資産の接収などという荒っぽい方法に出るべきではない。カチンスキは、資本家犯罪者(podejrzany kapitalowy)からの防御という言葉を使っているが、これは政治の都合(sformulowanie polityczne)と言うものであって、法治主義とは相容れない考え方だ。

−この法律の立案者は、たった一つの接収案件(オルレン株)であっても、投資家の敏感な反応を呼ぶことを分かっていないようだ。ポーランドへ投資を計画している投資家は、計画を撤回するかもしれないし、既存投資家の間でも、新規投資の凍結を行うかもしれないと言うことだ。

N:EU法では国家接収は許されているのか?

EUは所有権の問題には干渉しない。それぞれの国が別個の規制を設けている。一般的に言って、国家接収は、個々の利益が全体の利益と相反する場合のみ許される。例えば、高速道路建設の際の土地接収などがこれにあたる。しかし、エネルギー部門の話となると、全体の利益が、(民間投資家が保有する株式の)接収を求めているとは言い難いだろう。

N:エネルギー部門以外での再国有化はありうるか?

−この法案に関しては、エネルギー産業以外に、適用対象が広がっていくことを心配することはないだろう。


以上のやり取りからは、いまのところ、スケープゴートとされつつあるオルレン社以外に再国営化の「犠牲者」が出ることは無いようである。しかし、株主を犯罪者呼ばわりするとは、天晴れでアリマス。


さて、反カチンスキプロパガンダを標榜する本ブログでは、これを機に、オルレン株を一株だけ購入することにしました。勿論、購入株については、今後、ポーランド政府のいかなる買収提案、接収命令、強制執行にあっても、決して手放さないこととします。