8月3日、ウクライナのユシュチェンコ大統領は、今年3月の総選挙で得票率32%を獲得し、議会第一党となっていた地域党(パルティア・レギオノフ)のヤヌコヴィチ党首を首相に指名した。新内閣には、親ロシア派(地域党、共産党、社会党)、親西欧派(われらウクライナ=ユシュチェンコ大統領の政党)が共存し、ティモシェンコ元首相の率いる「ティモシェンコ連合」は唯一の野党となった*。


この連立内閣、地域党(親ロ派)のシンボルカラーがブルーであり、われらウクライナ(親西欧派)のシンボルカラーがオレンジであることから、「ブルー・オレンジ連立」の異名を取っている。
ヤヌコヴィチの首相就任によって、総選挙以来、4ヶ月間続いていた首相不在という異常事態はようやく収拾されることとなった。なお、この間、地域党と共産党を除く各党の間では連立交渉が続けられていたが、交渉は難航、大統領は、解散総選挙に打って出るか、民主主義の原則に則って先の総選挙の結果を受け入れ、地域党と連立政権を組むかの選択に迫られた。


最終的にユシュチェンコは後者の選択をしたわけだが、これに先立って、地域党との間に「国民統合協約」なる文書への署名を引き出すことに成功している。
協約には、今後、キエフEUに接近し、今年中にWTOに加盟し、最終的にはNATOに加盟することが盛り込まれている。ただし、NATO加盟の是非は国民投票に付されることとされ、親ロ派の言い分に配慮している一方、親ロ派が要求していたロシア語をウクライナ語と並んで公用語に取り入れるという条項は、曖昧なまま残される形で妥協がなった。政治判断としては、まず、穏当な線であると思われる。
ヤヌコヴィチは首相就任に当たって、「モスクワとの口論」(今年1月のウクライナ・ロシア間の「ガス戦争」を指す)を止めると発言し、ロシアとの関係修復に乗り出す構えだ(以上、8月5日付ル・モンド紙)。


8月3日付英エコノミスト誌は、今回のユシュチェンコ大統領の決断を、
①あくまでも民主主義の手法を尊重した決断であったこと、
解散総選挙に打って出た場合、ウクライナ国内の分裂傾向を加速化させるばかりか、地域党の更なる躍進を許す結果に繋がる可能性が高かったこと、
の2つの理由から、正しい選択であったとして高く評価している。


「二人のヴィクトル(ヤヌコヴィチとユシュチェンコは共にヴィクトルの名前を持つ)は、国の安定をもたらし、東西を繋ぎとめておくことに貢献するだろう。この連立政権は、ポピュリストであるティモシェンコが入っていた以前のものよりも、より賢明な経済政策を推進する可能性がある。ユシュチェンコは、ヤヌコヴィチを親西欧路線に組み入れることに腐心するだろう。しかし、彼がこの試みに失敗するならば、後には混乱のみが残されるであろう。」


同誌の分析は、やや散文的な調子でこう結ばれている。ところが、これが、ウクライナの隣国、ポーランドのメディアの手にかかると、もう一味違った見方と言うものが出てくる。
7月26日付ポリティカ誌は、オレンジ革命後のティモシェンコ内閣内部における権力抗争が、ヤヌコヴィチの復活に道を拓いたとした上で、地域党=親ロ派との見方は、短絡的に過ぎるとしている。
ヤヌコヴィチは、その実、モスクワの影響下から抜けたがっていると言うのだ。つまり、ヤヌコヴィチは、東部ドネツク地方の現役知事として、ドネツク郷土主義を体現しており、同地方へのロシア資本の浸透を極力押さえ込もうとしている。他方、地域党の中核を占めるオリガルヒ(新興財閥)達にしてみても、東側よりも西側でのビジネス機会の拡大を予てより望んでおり、反EU的な政策を支持することは無いと見られる事から、地域党は、優れて「プラグマティック」な発想を持っているのだと主張している。同誌の主張が果たして現実を良く反映したものであるのかどうか、それは、今後の情勢展開が雄弁に語るであろう**。


さて、ウクライナ経済は、2006年上半期に4%の成長をすると見られており、国民所得の上昇により民間消費は13%の伸びが期待できる一方、インフレ率は、7.3%まで低下することが見込まれている(ウクライナの民間シンクタンクである「景況調査センター」の試算、ポリティカ誌より抜粋)。
同国へは、1991年の独立以来、2005年末に至るまで、164億ドル相当のFDI累積額があり、うち、EU諸国起源のFDIは全体の72%(117億ドル)を占めており、とりわけ、2001年からは、EUからの投資が増加傾向にある。2005年には、ミッタル・スティール社のドイツ子会社を通じて、同国の製鉄所民営化への大規模FDIがあったことは記憶に新しい。
次に、ウクライナへのFDIを投資母国別に見てみると、ドイツ(55億ドル)、オーストリア(14億ドル)、英国(11億ドル)、オランダ(7億2200万ドル)が大きく、キプロスからも16億ドルの投資がある。ただし、キプロス起源のFDIの多くは、国内資本による迂回投資であると推測される。
産業分野別では、金属加工(約50億ドル)、商業(7億4500万ドル)、金融(7億2900万ドル)、食品(6億600万ドル)が大きい(以上、欧州委員会ウクライナモルドヴァベラルーシ派遣団)

http://www.delukr.ec.europa.eu/page32099.html?SESSID=62c89b874d0a02446296da79d6e0dc96&template=print

ウィーン比較経済研究所の試算によれば、2006年には、ウクライナに20億ドル相当のFDI流入額が見込まれているが、これは、ブルガリア(人口770万人)、スロヴァキア(同540万人)へのFDI流入予測額と等しく、4700万を誇るウクライナの人口規模から考えると、まだまだ、小さな額に留まっている。


今後、ウクライナで政情が安定した暁には、モータリゼーションもまだ始まっていない(平均月給126ユーロ、2005年)同国へ向けて、「先行者優位」を求めて、世界中から自動車、家電産業の投資が集まってくると見て、まず間違いは無いだろう。