【コロナウイルス】 ポーランドでは国会でのスピード審議を経て、「コロナウイルス特別法」が可決され、8日日曜に大統領が署名、9日月曜にはすでに施行された。法律は全部で13ページ、小ぶりのボリュームではあるが、内容は示唆に富んでいる。

本ブログを執筆している月曜(9日)時点でポーランドでのコロナウイルス感染者数は16名、本日から、ポーランドドイツ国境、ポーランドチェコ国境では越境者の全員に健康チェックが行われ、数日後には、国際列車の乗客全員が体温チェックの対象となると言う。月曜には、ワルシャワの「ウィリー・ブラント記念ポーランドードイツ学校」が、保護者の中ににコロナ感染の疑いがあるという事で休校となった。

 

さて、ポーランドは上院(セナト)と下院(セイム)の二院制(バイカメラリズム)を採る国であるが、通常は、下院で複数回の読会(チターニェ)を経て可決された法案は、上院で修正(ポプラフキ)を受けた後、大統領が署名し、「法律広報」(ジェンニク・ウスタフ)と呼ばれる官報に掲載され、一定の周知期日を経た後(ラテン語でヴァカーティオ・レギス、「法律の休暇」と呼ばれる)施行となる。

 

今回の「コロナウイルス特別法」は、緊急立法であり、下院では与党、野党を問わずほとんどの議員が賛成票を投じ、上院の修正は無し、大統領の署名後、直ちに法律広報に掲載され、「法律の休暇」も無くその翌日からいきなり施行となった。

 

その内容をざっと見てみると、以下のようである:

  1. 全国の雇い主は、労働者に対してホームオフィスを行うよう勧告を出すことができる
  2. 幼稚園、小学校などで学校閉鎖が行われる場合には、子供の世話のために休職せざるを得ない親がいる場合、14日間を限度として、国民健康保険を通じ、養育手当てを受けられるようにする
  3. コロナ対策の必要から行政が購入する物資については、公的調達を経ずに、随意契約で購入することができる
  4. コロナ対策で特に必要となる医薬品、その他物資については、統制最高価格を敷くことができる
  5. コロナ対策のために必要な建造物の設計・建設や建物の取り壊し、既存建物の使用用途の変更に当たっては、建築基準法都市計画法、歴史的建造物保存法の規定を適用しないで、これを行うことができる
  6. コロナ罹患により患者の命が危険にさらされている場合、薬剤師は自らの判断で処方箋を与えることができる
  7. コロナ関連でパック旅行などのキャンセルにあった旅行会社に対しては、国の基金から補償を行う
  8. 感染が拡大し、行政機能の能力を超える事態に至った地域が今後出る場合、首相は政令により、該当地域を指定し、必要な措置を取ることができる
  9. 首相は、厚生大臣の要請がある場合、特定の地方自治体に対して、コロナ対策に必要な措置を取るよう命令を下すことができる
  10. 軍人は、各人が有している知識と技能に応じ、通常任務よりもより広範囲な任務を遂行することができる
  11. コロナ対策の必要があれば、閣議決定により、すでにほかの用途に支出が決まっている国家予算をコロナ対策費に充てることができる

一見すると、短時間の立法作業の割には、きめ細かな対応策を網羅した法律であると評価できるかもしれない。

気になるのは、同法が規定する法令違反時の罰金額が、最高で500万ズロチ(1億5000万円)と定められ、非常に高いと感じる点にある。

この罰金は、集団感染の発生時に、政府が医薬品の卸売業者に対して、医薬品の販売先を薬局および病院に限定するよう命令を出せるところ、これ以外の業者に卸業者が販売をした場合の罰金であるということである。

要は不当な利益を得ようとして、医薬品の「横流し」をする業者への「見せしめ的」な罰金という事だろうか。

 

話は飛躍するが、東大名誉教授にて法哲学者の長尾龍一は、著書『法学に遊ぶー新版』の中で、犯罪者の頭蓋骨の形状から「犯罪は遺伝する」との説を唱え、自らはユダヤ人であったにもかかわらず、奇しくも後のナチズムに利用されるようになったロンブローゾの犯罪者論について、その問題の本質を以下の如く、短く明晰な分析で断じている:

「思想的にいうならば、犯罪者を、裁判官や行刑官、更には一般人にとって「他者」であるとしてとらえる彼の思考の中に、平然と動物実験を行う自然科学者と同様の冷血性が存在することに問題の根源がある」(87ページ)。

 

長尾は続けて言う: 「応報刑論者は、犯罪者に苦痛を科することを唱える点で過酷ではあるが、しかし自由意志を持つ人間はすべて可能的には犯罪者であり、裁く者と裁かれる者は、本質的には同一の人間だと考える。ロンブローゾ主義的行刑は、合理的で清潔であるけれども、大学病院のような非人間的雰囲気があり、応報刑行刑の方に、もう少し人間的に通い合うものがあるような気もする。」

 

ポーランドでは、カトリック右派の現政権になってから、罰金刑を導入する法律が増えている気がする。

それは、何もポーランドに限ったことではなく、昨今のようにゲームのルールが平準化して行くグローバル社会の中で、「コンプライアンス」という一瞥すると公平感のある尺度が「独り歩き」し始めた社会背景の中から出てきた、普遍的な現象だろうと見る向きもあるかもしれない。

しかし、小生には、かつての中世ポーランドで「黒い審判」(プロツェス・オ・チャーリィ)と言われた魔女裁判の暗い記憶と、今回のコロナウイルス特別法の中の罰金規定とが、どこか底知れぬ暗渠で繋がっているような気がしてならないのである。