【ポーランド発電事情】 ポーランドはEUから多額の復興資金を得て、これまで高い経済成長率を維持してきた。とりわけ、高速道路、鉄道、発電所の建設などのインフラ投資に主として充てられる「結束基金」(Cohesion Fund) には、2014-2020年に839億ユーロ(1兆700億円)もの巨費が計上され、経済成長をけん引してきた。ところが、この結束資金からの受取額は2021-2027年には、644億ユーロ(7730億円)へと約25%も減らされ、さらに、受取額の25%は環境対策に費やすことが義務付けられる模様

ブレグジットの影響もあり、ポーランドが受け取る予定のEU結束基金は25%カットとなる。そもそも結束基金とは何だろうか。もともとは、豊かな北欧諸国(ドイツ、英国も含む)が貧しい南欧諸国(スペイン、イタリア、ギリシャなど)の経済発展を促し、経済格差を縮めることを目的に創設された基金だった。

それが、2004年のEUの東方拡大(旧東欧諸国を中心に10か国)後には、豊かな西欧から低開発にあえぐ東欧への資金移動という新たな任務が加わった。

先年11月、ワルシャワのドイツ大使館にて「ベルリンの壁崩壊30周年式典」に呼ばれた折のこと、散会後にタクシーを待つ列で、「ドイツは戦後、アメリカからマーシャルプランを受け入れた。あの莫大な資金をもとに復興を遂げることが出来た。それが我が国にはなかったのだ」とのつぶやきを聞いた。

規模は小さいとはいえ、EUからの資金援助なくして、いまの旧東欧の目覚ましい経済発展は実現不可能だった。そのEUからのカネが大幅にカットされようとしている。

危機感を強めるポーランドが考え出したのが、「公正移行基金」(Just Transition Fund / Fundusz Sprawiedliwej Transformacjii: フンドゥシュ・スプラヴィエドリーヴェイ・トランスフォルマーツィ)である。これは、かつて欧州議会議長も務めた左派政治家のイェジ・ブゼク(Jerzy Buzek)が今から1年半ほど前から言い出したもので、EU内の石炭産業地帯に構造転換資金を割り当てようというアイデアだ。ブゼク自身、1960年代にポーランド最大の採炭地帯にある「シロンスク工科大学」を卒業した石炭族議員だ。

ここへきて、「公正移行基金」の骨組みがはっきりと現れだした。その総額は75億ユーロ(9000億円)となり、ポーランドは最大の20億ユーロ(2400億円)を受け取る。次いで、ドイツ8.77億ユーロ(1050億円)、ルーマニア757億ユーロ(9110億円)、チェコ581億ユーロ(700億円)と続く。

目下最大の争点は、「公正移行基金」が、先に述べた「結束基金」とは別に出るのか否かという点だ。欧州委員会は、フォン・デア・ライエン新議長が温室効果ガスの削減に躍起になっており、この際、東欧には今までの結束基金とは別建てで「公正移行基金」を創設し、更に、EUの銀行である「欧州投資銀行」からも大規模な低金利融資を東欧向けに行い、石炭火力をはじめとするCO2排出を伴う従来型発電を一掃したい考えだ。

これに待ったをかけているのが、「ネット支払い国」と呼ばれる北欧諸国で、EUへの支払いの方が受取よりも多い一連の金持ち国だ。とりわけ、フィンランドは強硬で、結束基金から72億ユーロを削減するよう主張している。

ところで、EUでは、競争をゆがめるとの理由から、企業活動への直接支援(オペレーショナル支援と呼ばれる)は厳しく制限されている。「公正移行基金」が発電会社の日々の操業への補助金となってしまっては困るのである。

そこで、「公正移行基金」の支払い対象は企業単位ではなく、石炭産業を抱える地域とし、EUの政策を実現する際の最小の地域単位である「NUT3」単位で資金を配分する計画だ。ポーランドを例にとると、全国は73のNUT3に分かれており、採炭地帯を抱えるシロンスク県は8つのNUT3に分割されている。

欧州委員会が2018年に出したレポート『EU coal regions: opportunities and challenges ahead』によれば、現在、EU全体で採炭産業に従事するのは23.7万人で、うち、炭鉱労働者が最大の18.5万人を占める。国別では、およそ半数の11.3万人をポーランドが占め、次いで、ドイツ13.4万人、チェコ2.2万人、ルーマニア1.9万人、ブルガリア1.3万人、スペイン0.7万人となっている。

欧州委員会では石炭火力発電の衰退に伴い、EUの採炭産業に従事する労働者は2025年までには20%減のマイナス4.9万人、2030年には35%減のマイナス8.3万人を予測している。

それでは、EUでは完全に石炭火力はなくなってしまうのか。昨日のブログでも書いたように2038年までにドイツの石炭火力は全てなくなる。

しかしながら、東欧に関しては、ドイツのような潤沢な資金力がないことから、クリーンコール技術などのCO2排出量が少ない石炭火力発電所を新たに建設するのが現実的とみられる。

実は、フィンランドのようなEUの金持ち国が「EU結束基金」の削減を求めてきても、東欧にはまだ別の切り札がある。2050年までにEU温室効果ガス中立化の実現を是が非でも実現させたいフォン・デア・ライエン率いる欧州委員会が、環境対策資金として1000億ユーロ(12兆円)の巨費をねん出するだろうと言われており、ここから、東欧諸国としても、莫大な資金を引き出すことが可能であるのだ。

1000億ユーロの内訳は、「InvestEU」と呼ばれる民間資金プールに450億ユーロ(5.4兆円)を集め、250-300億ユーロ(3ー3.6兆円)は欧州投資銀行から低利融資を出させ、残額のうち1兆円弱(750億ユーロ)ほどは「公正移行基金」が担う、こんなラフなイメージが描き出されつつある。

欧州投資銀行副総裁でポーランド人のリリアナ・パヴウォヴァ(Liliana Pawlowa)は、1月15日付の「ジェンニク法律新聞」に対し、Energy Transition Packageという政策パッケージを立ち上げ、投資額の最大75%までを欧州投資銀行の融資で賄えるようにすると語っている。

今、環境を巡ってブリュッセルが激しく動いている。今までは、西欧と東欧の関係と言えば、豊かな西が貧しい東を助けるという構図だった。

この構図は今後も変わる事は無いが、大きな変化と言えば、東の構造転換なくして西の政策が動かなくなってきており、その象徴が温室効果ガス削減を巡る一連のカネの流れに求められる点だろう。

次の10年間のEUは、西と東が経済政策で一体化し、ますます単一市場性を高めていく。その一方で、国内向けの政治は民族主義色を強めていくだろう。欧州経済の一体化と民族主義化(ファシズム化)とが同時進行していく、それは、コインの裏表のようなもので一見、矛盾しているように見えて、どこかで帳尻を合わせられるものなのかも知れない。

参考資料: 「ジェンニク法律新聞」1月14、15、16日付。「共和国新聞」1月15日付。