【エネルギー】ワルシャワから見たドイツのエネルギー政策: 1月29日(水曜)、ベルリン発のロイター電は、ドイツ政府が2038年までに脱石炭火力発電を実現すると報じた。炭鉱をはじめとする石炭村への補償額は空前絶後の400億ユーロ(4.8兆円)。1月中旬、実はこの動きを早くも察知する報道がポーランド語で出ていた。

昔から「ドイツが風邪をひくと、ポーランドは肺炎になる」と言われ、それだけ、ポーランドは歴史的にドイツ経済への依存が強く、また、ドイツの影響をもろに受けてきた。

ポーランド人は若者を中心として英語の話者が多いが、それは、何か事があれば、国を捨てて出ていかざるをななかった苦難の歴史と無縁ではないだろう。畢竟、ポーランドの報道は、西の大国ドイツと東の大国ロシアで、政治の動きが1ミリでも動けば、その変化を即座に捉えて文章化してしまう。

1月15日(水)、ポーランドの代表的な高級紙の一つ、「ジェンニク法律新聞」に、ドイツのエネルギー政策に関する特集記事が出た。

「本日、メルケル首相は、石炭火力発電から惜別する法案を閣議決定するはずだった。しかし、その代わりメルケルは 首相府に石炭村を抱える州の首相(ドイツでは、連邦にも各州にもそれぞれ首相がいる)を呼ばざるを得なかった。争点は、Uniper社がノルトライン・ヴェストファリア州に建設した1ギガワット級の新石炭火力発電所、Dattern IV炉の作動許可を与える代わり、同社が旧東独地帯に多く残る旧式の石炭火力発電所旧ソ連の技術で建設された代物)を早急に閉鎖する事だった。

この措置により、2038年までに石炭火力発電所を全廃するという政府案は現実味を帯びてくる。今回、首相府の片隅で不満をぶちまけたのは、旧東独の各州(ブランデンブルクザクセンザクセン・アンハルト)の首相たちだ。豊かな西部のヴェストファリア州だけが優遇され、経済発展が遅れた旧東独で貴重な産業基盤となっている石炭火力発電所をつぶされては、社会不安が一挙に増大する。

Fraunhofer研究所によれば、2019年時点で、石炭の中でも品質が悪い代わりに産出量が多い褐炭(かったん)による石炭火力はドイツ全体の発電の実に20%をも担った。一方、高品質で鉄鋼生産にも不可欠なコークスの原材料ともなる瀝青炭(れきせいたん)による発電は全体の9%あった。

他のエネルギー源としては、風力25%、原子力14%、天然ガス11%、水力9%、バイオマス9%、太陽光4%となった。

実は、ドイツがコミットしていた三大約束事項(2020年までに1990年比で温室効果ガスを40%削減、電力使用量を2008年比で10%削減し、再生可能エネルギーの電力使用比率を35%まで高める」とした目標のうち、再可エネルギー目標についてだけは、すでに達成しているのだ(2010年時点で全発電の46%を占める)。

今後、2038年に石炭火力を全廃し、2022年までに原子力発電を全廃する政府目標の達成のためには、一番安上がりに見える方策は風力発電の拡充だ。しかし、風力発電には地域住民から反対の声が高まっており、2019年には、276基の風力発電所しか建設されず(出力940メガワット分)、2017年の同1792基から大幅に後退している。

今のところ、ドイツ国民の9割はドイツ政府が進めるエネルギー政策(Energiewende: エネルギーヴェンデ)に賛成と伝えられるが、こと風力発電に関しては、ドイツ国民の55%は、風力発電所をどこに建設するかの最終判断は、地域住民の手に委ねるべきだと答えている。

一方では、新しいエネルギー源としての水素利用への関心も産業界を中心に高まっており、フォルクスワーゲンなどは電気自動車の普及に弾みをつける意向だ。

今後、ドイツのエネルギー政策はどこへ向かっていくのだろうか? ワルシャワシンクタンクUNEP/GRIDセンターのバルトウォミェイ・コザク(Bartlomiej Kozak)氏は、政党政治のロジックから以下のように占っている。

曰く、「現在の左右のギクシャクした連立政権(右派のキリスト教民主同盟=CDUと左派のドイツ社会民主党SPDの大連立)では、連立形成の大前提の一つとして、今後10年間で再可エネルギー比率を現行の46%から65%まで高めることを掲げている。もはや、地球温暖化への市民の関心は頂点に達しており、右派にしても左派にしても、原発廃止を止めるなどという言葉はおくびにも出せない。

オーストリアでは、今まで「水と油」の関係とみられていた右派と「緑の党」(もともと、左派色が強い)が連立を組んだ。すでに環境問題で妥協するという選択肢自体が政治家になくなっているからだ。

おそらく、ドイツでも同じ事が起こるだろう。例えば、左右連立に疲れたキリスト教民主同盟(右派)が(社会民主党よりも規模が小さく制御し易いとみられる)「緑の党」と連立を組んだとしても、私は何も驚かないだろう。それ程までに、ドイツでは、環境問題に関しては「議論の余地なし」という声が強いのだ。」

この記事が出たわずか2週間後、ドイツでは、莫大な金額に上る補償と引き換えに石炭村の2038年までの「安楽死」が宣言された。

今後、ドイツ全体が「緑の党」化していくのだとすれば、地域住民の反対があるにせよ、風力をはじめとする再可エネルギー比率はますます高まり、欧州経済の構造が一変していくだろう。

その時、貧しいがゆえに、安価な自国産石炭に頼らざるを得ない東欧はどう出るか。

何か小生には、かつてアメリカの経済学者ガーシェンクロンが唱えた、途上国こそ技術革新が起こりやすいというパラダイム(彼自身はそれをロシア経済と日本経済を例に説明したのだが)が、東欧の地でダイナミックに展開されるような気がしてならない。