【中絶禁止と性教育禁止とホロコーストと】4月15日水曜、ポーランド国会(下院)では、驚くべき法案が多く読回に付された。14時15分、未成年者への狩猟解禁法案、15時30分、相続人不在により国有化されたホロコースト犠牲者の資産関連法、16時、性教育禁止法、17時、中絶部分禁止法。今後これらの法律が委員会に回され、更に討議を経て法律として採択に移されるかが争点である。

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これが今回の法案である。法案は「第8次ポーランド共和国下院」に向けて出されており、中絶禁止条件の厳格化法案には文書番号2146番が、性教育禁止法案には文書番号3751が振られている。法案の末尾には必ず理由書が添えられており、これを読むと法律案者の意思が理解できる


ポーランドでは、重篤な障害がある子供の中絶禁止法案が準備中。

重篤な障害があると分かっている子供を産みたいか産みたくないかは、母親(両親)の選択に任せるべきとの反対意見が強くある。

性教育禁止法案も準備中。ポーランドは暗黒中世社会に戻ると危惧する市民が多い。

 

4月15日水曜、コロナのため出席議員もまばらなポーランド国会(下院)では、妊娠中絶禁止論者のゴデク議員の口上が響いていた:

ポーランドでは、何の呵責もなく、生きた人間を切り刻むことができる事を我々はいま議論しているのだ。ポーランドでは、新生児の首を絞め、その後、助産室に数時間放置して死に至しめている事実を我々はいま議論しているのだ。これこそが当法案が解決しようとしている状況だ。障害児として生まれてきたが故に、このような待遇を受けないようする事である。」

コロナ禍のさなか、多くの市民立法がわずか一日の間に国会で第一読会に回され、今後、専門委員会に付託され、議論を経た後で、法案採択となるかが次々と決まっていく。思わずキーボードを叩かずには居られない状況だ。

それでは早速、中絶(部分)禁止法について説明しよう。

そもそもポーランドでは、1993年に「家族計画、妊娠保護並びに中絶が許容される条件に関する法律」が施行されている。

同法は11条からなる7ページほどの法律であるが、実に多くの事が規定されている:

  • 各学校では未成年者の妊娠時には、必要な休暇を与えると共に学業が継続するよう扶助を与え、定期試験に間に合わない場合は、6か月以内に特別に試験を受けさせること(2条3項)
  • 各学校では人間の性生活に関する知識を教授すること(4条1項)
  • 妊娠中絶が許容されるのは以下の場合のみ(4a条1項):
  1. 妊娠者の健康又は生命が妊娠により脅かされている場合、
  2. 妊娠前検査等により、胚児に重篤で回復の見込みのない障害が発生する可能性が大きいか、胚児に治療不可能な病気があり胚児の生命が脅かされている事が指摘された場合、
  3. 妊娠が犯罪行為の結果であることについて相応の推測が成り立つ場合、
  • 中絶には本人の書面による承諾が必要であり、未成年者の場合には法定代理人の書面による承諾が必要である(4a条4項)
  • 法的能力は懐妊の時から子供に備わるが、財産権上の権利、義務については、子供が生きて生まれた場合のみ獲得する(6条)
  • 遺伝的に問題のある両親の子供である場合、妊娠中に治療の可能性がある遺伝病の出現が疑われる等の場合、胚児に重篤な欠陥が疑われる場合には、出産のリスクを高めない限りにおいて、出産前の検査を受けることが許容される(7条)
  • 妊娠中の子供の死を招いた者は2年以下の実刑に処す。しかし、母親は罪に問われない(7条)
  • 公立病院の医師で妊娠中の子供の死を招いた者であっても、妊娠が母親の健康に重篤な脅威を与えるか、その生命を脅かす場合で、中絶を行う医師以外の2人の医師の診断がある場合は罪に問われない(緊急に中絶をしない場合、母親の生命が脅かせるのであれば、他の医師の診断は必要ない)(7条)

上記のうち、6条は民法の改正に関する条文、7条は刑法の改正に関する条文である。小生がポーランドの法学部1年生であったころ、ローマ法の授業で、学生を馬鹿にすることに生きがいを感じている名物教師がいた。教授の授業ではいつも小テストがあるのだが、「〇〇(実名公表)は、死んで生まれた子供に財産権があると回答している。コイツ、あほじゃないのか」と言われていた姿を今でも思い出す。

そのK教授はラテン語が学びたいがために、チャウシェスク政権下のルーマニアまで博士号を取りに行った豪の者ではあった(ルーマニア語は現存する言語の中で、最もラテン語に近いと言われている)。

いつも話が脱線してしまうが、本日(4月16日)、中絶(部分)禁止法案*1は、今後、国会の専門委員会での討議に付託される(という事は国会で採択され、法律として施行される公算が高い)ことが決まった。

その内容は、上記法律の中絶可能条件のうち、障害児が生まれる可能性がある場合について、これを禁止するというものである。

これを受けて、筆者も参加を決めた反対運動「女性の地獄」(ポーランド語で「ピェクウォ・コビェト」: Piekło Kobiet)が開始された。すでにこの動きについては、フランス、スペイン等のメディアが報道しているが、日本では紹介されていないようだ。危機感を感じている。

ポーランドでは、全土でレストラン、カフェ、バー、映画館、スポーツ施設などすべて閉まっており、一般店舗では1キャッシャーに付き3人までしか店に入れない。いわゆるロックダウンが続いている。

従い、抗議活動も2メートルの「社会的距離」を保ちながらプラカードを掲げたり、ネットで行ったりの状況だ。

ある女性は、フェースブックで段ボールにマジックで書いたプラカードを掲げていた。「障害児の中絶を禁止すると言っている者よ、では、お前は、児童養護施設から障害児を自分の養子として引き取れるのか。」

重篤な障害を持って生まれることが分かっている子供を産みたいか産みたくないかは、結局のところ、母親(両親)が決めるべきだ。反対派の主張はこの一言に尽きる。

一方、障害児中絶禁止派の言い分は何であるのか。

今回の法案の理由書を見てみると、

  • 現在の医学水準では、母親の胎内で障害を抱えている子供が出産後どの程度の障害を残すか分からない
  • 妊娠中の子供は絶えず母親の胎内で成長を続けているのであって、生命に危険が生じるほどの重篤な障害であっても、出産までには徐々に軽くなるかもしれない
  • 1953年に発効した「欧州人権条約」は、締約国(ポーランド含む)に対し、中絶について明確な法規則を設けることを要求しているが、その内容は締約国に委ねられている
  • ポーランド政府は欧州人権裁判所にて過去3回、その責任が問われる判決を受けているが、明確な線引きに欠くため、どのような状況であれば中絶が許容されるか疑義が生じている、等とある。

小生を含む反対派は、今回の法案が可決される場合、女性の産む自由が大きく制限されるだけでなく、将来は、レイプで懐妊した場合など全ての場合において中絶が禁止されることを危惧している。

 

次いで、「性教育禁止法案」である。正確には、刑法改正法案であり、

「教育者、未成年者の治療に当たる者、未成年者の監護に当たる者等が、未成年者による性交またはその他の性行為を普及または称賛する場合、3年以内の実刑に処す」

との内容(刑法200b条の改正案)である。

そもそも、上で見た、「家族計画、妊娠保護並びに中絶が許容される条件に関する法律」では、学校での性教育促進が定められており、法律案者の意思が不明である。

そこで、法案の理由書を見てみると、彼らのイメージしている世界が垣間見える。

  • 性「教育」に責任を負っていると主張する一派がポーランド教育機関に次々と浸透してきている。それは、子供たちの性意識をかく乱し、児童の間でホモセクシュアリズム、マスターベーション、その他の性行為を推進している
  • わが国で性「教育」促進に最も関わっている一派は、LGBTレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスセクシュアル)ロビーである。西欧では、これらの環境に属し、学校での性「教育」に従事しているメンバーは、幼児性愛者として実刑判決を受けている
  • 欧州性教育基準により推奨されているテーマは、ポーランドの学校で授業、アピール、実習、ワークショップなどの形態で現れており、それには以下を含み、これらは、子供のモラルを破壊するものである。:
  1. 性教育
  2. 避妊
  3. 未成年者向けの妊娠予防策、性病(HIV等)の知識
  4. 身体の性的成長について
  5. 平等、他者の受忍
  6. 差別予防と仲間外れの防止
  7. 性的虐待の予防
  8. ホモセクシュアルへの恐れ
  9. 性的な自己同一性、ジェンダーについて

こう見てくると、性教育反対者が目指しているのは、性教育の根絶であると思われる。一方で、同法案の理由書がいみじくも指摘するように、「ポーランドの14-16歳の男子児童の32%が過去1か月間に6回以上ポルノを利用しており、9人に1人はポルノグラフィーを1日に一回以上見ている」(厚生省の後援を受けているNGOである「統合予防研究所」: Instytut Profilaktyki Zintegrowanej調べ) という現実がある。

小生の経験から照らしても、インターネットが少年時代に普及していたならば、必ず同じ行動を取ったに違いない。

ポルノ視聴は悪いことではないが、酒タバコと同じで中毒性があるから、ほどほどにするように指導するというのが正常な対応ではなかろうか。

性教育と他者理解(ここでは、人種・民族間の理解と言うよりは、性志向性の違いに対する理解がセットとなるだろう)を促進しようとする意見と、それに真っ向から対立し、性教育そのものを否定しようとする意見との衝突。

突き放した見方をしてしまえば、ポーランド史で繰り返し現れてきた「身内同士の妥協なき滅ぼし合い」の再現とも見えるが、どう評価すべきだろうか。

筆者個人としては、考察する時間が比較的に多くある現状に在っては、かえって、ポーランド社会を二分する勢力のそれぞれの意見が歴然と現れつつあり、対立点が明らかになった点は良かったと思っている。

その上で、筆者自身の立場を明確にする必要を感じている。恐らく、大統領選挙を直前に控えたこの時期にあって、多くのポーランド人が「旗幟を明確にすべき時」が来たと感じているのではなかろうか。

 

最後に、ホロコースト法案については、第二次大戦の結果、戦前にユダヤ人が有していた多くの不動産が、戦後、相続人なしという事で、ポーランド国家の所有となった。

相続人なき財産は国家が引き継ぐという考え方はローマ法から来ており、日本を含む全世界の民法に受け継がれている。

ところが、米国で「ジャスト法」(または米国上院での印刷番号から「447法」)と呼ばれる特殊法が施行され、多くのユダヤ人に戦後相続人がいなかったのはホロコーストがあったためであり、一般的なケースとは別だと主張されている。ジャスト法は、相続人なきユダヤ人の「迷える資産」はユダヤ人全体の資産なのであり、それはホロコーストが風化しないよう教育目的などに役立てられるべきだとしている。

米国らしい正義を貫く法律ではあるが、これまた米国らしく、自国の法域(ジュリスディクション)から離れた別の法域(ポーランドチェコの法域)を自国法でコントロールしようとしている。

この動きに反発し、ポーランド国会(下院)では、戦後国有化されたユダヤ人資産を補償目的に供することを一切禁じる法案を通そうとしているわけである。

国有化されたユダヤ資産の中には、ワルシャワ中心部の一等地の土地も含まれており、仮にこれらが米国に返還される場合、日本企業を含む多くの外資の事務所なども、家賃の支払先が変わるなどの大きな影響を受けるかもしれない。

なかなか安定しない土地の所有権という問題は、中国、東欧等の(旧)社会主義圏やホロコーストがあった国において顕著であるが、そう簡単には解決しないだろう。

*1:正確には、上記の「家族計画、妊娠保護並びに中絶が許容される条件に関する法律」の改正法案

【コロナウイルスと封筒】ポーランドでは、コロナ騒ぎを受けて、「危機対策のための盾」法と名付けられた包括的な救済パッケージが発表されたり、他のEU諸国同様、市民生活に様々な制限が加えられており、統制下での立法を追うだけで大変な状況にある。ここへきて、5月の大統領選挙は封書のみで行うという法律が下院を通過し、いよいよ、事態は「法のインフレ」とも呼べる状況に近づいてきた。

「法のインフレ」という言葉を筆者が知ったのは、2005年に岡山大学の田口雅弘教授が『ポーランド体制転換論』を上梓した時だった。

当時、ポーランド政府奨学生としてワルシャワ経済大学への「就職」(形式上は講師見習いとなり、教授が利用する特別食堂にも出入りできる)が決まった小生は、「社会主義とは何だったのか」という解けない疑問を胸に、秋が深まるワルシャワで同書を何度も読み返したものだった。

田口教授によれば、「法のインフレ」とは、「省庁が省令・通達を乱発し(法のインフレーション)、一連の改革法案を官僚的調整になじみ易いように独自に解釈・運用していくため、改革の趣旨が骨抜きになる。社会主義政権は伝統的に成長志向型で、分権化、市場化などのシステム改革は経済政策になじまない」(同書65ページ)と説明される。

実は何度もあった社会主義共産党の独裁政治)に市場経済カニズムを取り入れようとする試みがなぜ失敗してきたのかを説く部分にこの言葉があった。

 

今回の「封書投票法」のニュースを読み、長く忘れていた「法のインフレ」という言葉が茫洋と浮かんできた。

封書投票法とは、今年5月に実施される大統領選挙の投票方式を封書のみ認め、「選挙が行われる日曜日の午前6時から午後8時までの間、有権者は各地方自治体に特設されたポストに封書を投函することにより投票を行う」という奇妙な条文があることから来ている。

そこまでして、今年5月という大統領選挙の期日を守る必要があるのかという疑問もあるが、ポーランド憲法では、大統領選挙は「その任期が切れる100日前から行うことができ、遅くとも任期終了日の75日後までに行う事」と決められており、こうなると、日曜日に行われることになっている大統領選挙の日取りは、4月28日、5月3日(ポーランドでも憲法記念日)、5月10日、5月17日のいずれかしか選択肢がない。

もう少し、やりようもあったようにも思えるが、憲法上の縛りがある以上、仕方のない措置であったのかもしれない。

注目されるのは、同法には大変厳しい罰則規定が付随している点である。

なんと、投票用の封筒を盗んだもの、ニセの投票封筒を投函したもの等には、最高で3年の禁固刑が設定されている(下院の案)。

ちょっと行き過ぎではあるまいか。

 

並行して、フェイクニュースとは分かったものの、今週日曜日には、「裁判所、行政機関からの書状を郵便職員が職権で勝手に開封し、スキャンを取って名宛人の電子メールに送付すれば、行政文書が送達されたことにする」というトンデモ法案を与党が準備しているという報道さえあった。

コロナにより、人権を過度に抑圧する法律が今後できないか不安にさせるような内容ではあった。

 

さて、話は飛ぶが、裁判所への上訴についても期限が厳しく設定されているのは、どこの国でも同じであろう。

ポーランドでは、日本の刑事の略式命令に当たる「略式判決」(ヴィロク・ナカゾーヴィ)という制度があり、状況証拠と照らし合わせ、犯罪の動機、事実が明確である場合によく利用されている。

例えば、刃物を持って街中で金品を強奪しようとしているところを警察に捕まった(しかし怪我人はいない)などの状況であれば、略式判決が出て、罰金刑で済まされる場合もありうる。

この略式判決は、卑しくもポーランド国家の名前で出される正式な判決文であるので、異議がある場合には、判決を受け取ってから7日以内に判決を出した裁判所に対して上訴することと定めてある(刑事訴訟法典506条1項)。

上訴が受理された場合、被疑者に対して出された略式判決は取り消され、一般のルートに従って公判が開かれる。

もちろん、そうでない場合には、最終的な判決として法的効力を伴うものとなるので、受け取る方も大変である。

そこで、略式判決と一緒に出される教示文(ポウチェーニェ)には、以下のような例外規定(期限内に送達されたものと見なす場合)が列挙されている:

 

  • EU域内で書信の受け渡しを行っている事業所の窓口において送達がなされた場合、 
  • 兵士により軍組織本部において送達がなされた場合。ただし、国内軍務に就いている兵士は除外する、
  • 行政機関の適切な拘置場所にて自由を拘束されている個人により送達された場合、
  • ポーランド船籍の海洋船の船員がその船長に対して手交した場合。

 

ポーランド国内のみならずEU圏内の郵便局から出したものであれば7日以内であればOK、さらに外国にあるポーランドの公使館で出してもOKと、なかなか興味深い。

 

ポーランド語では公的文書の手交のことを「ドレンチェーニェ」と呼んでいるが、小生も当地にて法学部(夜間部)で学んでいた折、この単語が頻繁に出てきて閉口した記憶がある。

 

当時は次から次へと襲ってくる試験に追われ、この制度の「奥深さ」を味わうこともなかったが、今こうして、コロナ禍により物事の動きがゆったりしており、こんな考えを巡らすことが出来るのだとすれば、これこそ、「けがの功名」であるのかも知れない。

 

【コロナウイルス】 ポーランドでは国会でのスピード審議を経て、「コロナウイルス特別法」が可決され、8日日曜に大統領が署名、9日月曜にはすでに施行された。法律は全部で13ページ、小ぶりのボリュームではあるが、内容は示唆に富んでいる。

本ブログを執筆している月曜(9日)時点でポーランドでのコロナウイルス感染者数は16名、本日から、ポーランドドイツ国境、ポーランドチェコ国境では越境者の全員に健康チェックが行われ、数日後には、国際列車の乗客全員が体温チェックの対象となると言う。月曜には、ワルシャワの「ウィリー・ブラント記念ポーランドードイツ学校」が、保護者の中ににコロナ感染の疑いがあるという事で休校となった。

 

さて、ポーランドは上院(セナト)と下院(セイム)の二院制(バイカメラリズム)を採る国であるが、通常は、下院で複数回の読会(チターニェ)を経て可決された法案は、上院で修正(ポプラフキ)を受けた後、大統領が署名し、「法律広報」(ジェンニク・ウスタフ)と呼ばれる官報に掲載され、一定の周知期日を経た後(ラテン語でヴァカーティオ・レギス、「法律の休暇」と呼ばれる)施行となる。

 

今回の「コロナウイルス特別法」は、緊急立法であり、下院では与党、野党を問わずほとんどの議員が賛成票を投じ、上院の修正は無し、大統領の署名後、直ちに法律広報に掲載され、「法律の休暇」も無くその翌日からいきなり施行となった。

 

その内容をざっと見てみると、以下のようである:

  1. 全国の雇い主は、労働者に対してホームオフィスを行うよう勧告を出すことができる
  2. 幼稚園、小学校などで学校閉鎖が行われる場合には、子供の世話のために休職せざるを得ない親がいる場合、14日間を限度として、国民健康保険を通じ、養育手当てを受けられるようにする
  3. コロナ対策の必要から行政が購入する物資については、公的調達を経ずに、随意契約で購入することができる
  4. コロナ対策で特に必要となる医薬品、その他物資については、統制最高価格を敷くことができる
  5. コロナ対策のために必要な建造物の設計・建設や建物の取り壊し、既存建物の使用用途の変更に当たっては、建築基準法都市計画法、歴史的建造物保存法の規定を適用しないで、これを行うことができる
  6. コロナ罹患により患者の命が危険にさらされている場合、薬剤師は自らの判断で処方箋を与えることができる
  7. コロナ関連でパック旅行などのキャンセルにあった旅行会社に対しては、国の基金から補償を行う
  8. 感染が拡大し、行政機能の能力を超える事態に至った地域が今後出る場合、首相は政令により、該当地域を指定し、必要な措置を取ることができる
  9. 首相は、厚生大臣の要請がある場合、特定の地方自治体に対して、コロナ対策に必要な措置を取るよう命令を下すことができる
  10. 軍人は、各人が有している知識と技能に応じ、通常任務よりもより広範囲な任務を遂行することができる
  11. コロナ対策の必要があれば、閣議決定により、すでにほかの用途に支出が決まっている国家予算をコロナ対策費に充てることができる

一見すると、短時間の立法作業の割には、きめ細かな対応策を網羅した法律であると評価できるかもしれない。

気になるのは、同法が規定する法令違反時の罰金額が、最高で500万ズロチ(1億5000万円)と定められ、非常に高いと感じる点にある。

この罰金は、集団感染の発生時に、政府が医薬品の卸売業者に対して、医薬品の販売先を薬局および病院に限定するよう命令を出せるところ、これ以外の業者に卸業者が販売をした場合の罰金であるということである。

要は不当な利益を得ようとして、医薬品の「横流し」をする業者への「見せしめ的」な罰金という事だろうか。

 

話は飛躍するが、東大名誉教授にて法哲学者の長尾龍一は、著書『法学に遊ぶー新版』の中で、犯罪者の頭蓋骨の形状から「犯罪は遺伝する」との説を唱え、自らはユダヤ人であったにもかかわらず、奇しくも後のナチズムに利用されるようになったロンブローゾの犯罪者論について、その問題の本質を以下の如く、短く明晰な分析で断じている:

「思想的にいうならば、犯罪者を、裁判官や行刑官、更には一般人にとって「他者」であるとしてとらえる彼の思考の中に、平然と動物実験を行う自然科学者と同様の冷血性が存在することに問題の根源がある」(87ページ)。

 

長尾は続けて言う: 「応報刑論者は、犯罪者に苦痛を科することを唱える点で過酷ではあるが、しかし自由意志を持つ人間はすべて可能的には犯罪者であり、裁く者と裁かれる者は、本質的には同一の人間だと考える。ロンブローゾ主義的行刑は、合理的で清潔であるけれども、大学病院のような非人間的雰囲気があり、応報刑行刑の方に、もう少し人間的に通い合うものがあるような気もする。」

 

ポーランドでは、カトリック右派の現政権になってから、罰金刑を導入する法律が増えている気がする。

それは、何もポーランドに限ったことではなく、昨今のようにゲームのルールが平準化して行くグローバル社会の中で、「コンプライアンス」という一瞥すると公平感のある尺度が「独り歩き」し始めた社会背景の中から出てきた、普遍的な現象だろうと見る向きもあるかもしれない。

しかし、小生には、かつての中世ポーランドで「黒い審判」(プロツェス・オ・チャーリィ)と言われた魔女裁判の暗い記憶と、今回のコロナウイルス特別法の中の罰金規定とが、どこか底知れぬ暗渠で繋がっているような気がしてならないのである。

【ポーランド発電事情】 ポーランドはEUから多額の復興資金を得て、これまで高い経済成長率を維持してきた。とりわけ、高速道路、鉄道、発電所の建設などのインフラ投資に主として充てられる「結束基金」(Cohesion Fund) には、2014-2020年に839億ユーロ(1兆700億円)もの巨費が計上され、経済成長をけん引してきた。ところが、この結束資金からの受取額は2021-2027年には、644億ユーロ(7730億円)へと約25%も減らされ、さらに、受取額の25%は環境対策に費やすことが義務付けられる模様

ブレグジットの影響もあり、ポーランドが受け取る予定のEU結束基金は25%カットとなる。そもそも結束基金とは何だろうか。もともとは、豊かな北欧諸国(ドイツ、英国も含む)が貧しい南欧諸国(スペイン、イタリア、ギリシャなど)の経済発展を促し、経済格差を縮めることを目的に創設された基金だった。

それが、2004年のEUの東方拡大(旧東欧諸国を中心に10か国)後には、豊かな西欧から低開発にあえぐ東欧への資金移動という新たな任務が加わった。

先年11月、ワルシャワのドイツ大使館にて「ベルリンの壁崩壊30周年式典」に呼ばれた折のこと、散会後にタクシーを待つ列で、「ドイツは戦後、アメリカからマーシャルプランを受け入れた。あの莫大な資金をもとに復興を遂げることが出来た。それが我が国にはなかったのだ」とのつぶやきを聞いた。

規模は小さいとはいえ、EUからの資金援助なくして、いまの旧東欧の目覚ましい経済発展は実現不可能だった。そのEUからのカネが大幅にカットされようとしている。

危機感を強めるポーランドが考え出したのが、「公正移行基金」(Just Transition Fund / Fundusz Sprawiedliwej Transformacjii: フンドゥシュ・スプラヴィエドリーヴェイ・トランスフォルマーツィ)である。これは、かつて欧州議会議長も務めた左派政治家のイェジ・ブゼク(Jerzy Buzek)が今から1年半ほど前から言い出したもので、EU内の石炭産業地帯に構造転換資金を割り当てようというアイデアだ。ブゼク自身、1960年代にポーランド最大の採炭地帯にある「シロンスク工科大学」を卒業した石炭族議員だ。

ここへきて、「公正移行基金」の骨組みがはっきりと現れだした。その総額は75億ユーロ(9000億円)となり、ポーランドは最大の20億ユーロ(2400億円)を受け取る。次いで、ドイツ8.77億ユーロ(1050億円)、ルーマニア757億ユーロ(9110億円)、チェコ581億ユーロ(700億円)と続く。

目下最大の争点は、「公正移行基金」が、先に述べた「結束基金」とは別に出るのか否かという点だ。欧州委員会は、フォン・デア・ライエン新議長が温室効果ガスの削減に躍起になっており、この際、東欧には今までの結束基金とは別建てで「公正移行基金」を創設し、更に、EUの銀行である「欧州投資銀行」からも大規模な低金利融資を東欧向けに行い、石炭火力をはじめとするCO2排出を伴う従来型発電を一掃したい考えだ。

これに待ったをかけているのが、「ネット支払い国」と呼ばれる北欧諸国で、EUへの支払いの方が受取よりも多い一連の金持ち国だ。とりわけ、フィンランドは強硬で、結束基金から72億ユーロを削減するよう主張している。

ところで、EUでは、競争をゆがめるとの理由から、企業活動への直接支援(オペレーショナル支援と呼ばれる)は厳しく制限されている。「公正移行基金」が発電会社の日々の操業への補助金となってしまっては困るのである。

そこで、「公正移行基金」の支払い対象は企業単位ではなく、石炭産業を抱える地域とし、EUの政策を実現する際の最小の地域単位である「NUT3」単位で資金を配分する計画だ。ポーランドを例にとると、全国は73のNUT3に分かれており、採炭地帯を抱えるシロンスク県は8つのNUT3に分割されている。

欧州委員会が2018年に出したレポート『EU coal regions: opportunities and challenges ahead』によれば、現在、EU全体で採炭産業に従事するのは23.7万人で、うち、炭鉱労働者が最大の18.5万人を占める。国別では、およそ半数の11.3万人をポーランドが占め、次いで、ドイツ13.4万人、チェコ2.2万人、ルーマニア1.9万人、ブルガリア1.3万人、スペイン0.7万人となっている。

欧州委員会では石炭火力発電の衰退に伴い、EUの採炭産業に従事する労働者は2025年までには20%減のマイナス4.9万人、2030年には35%減のマイナス8.3万人を予測している。

それでは、EUでは完全に石炭火力はなくなってしまうのか。昨日のブログでも書いたように2038年までにドイツの石炭火力は全てなくなる。

しかしながら、東欧に関しては、ドイツのような潤沢な資金力がないことから、クリーンコール技術などのCO2排出量が少ない石炭火力発電所を新たに建設するのが現実的とみられる。

実は、フィンランドのようなEUの金持ち国が「EU結束基金」の削減を求めてきても、東欧にはまだ別の切り札がある。2050年までにEU温室効果ガス中立化の実現を是が非でも実現させたいフォン・デア・ライエン率いる欧州委員会が、環境対策資金として1000億ユーロ(12兆円)の巨費をねん出するだろうと言われており、ここから、東欧諸国としても、莫大な資金を引き出すことが可能であるのだ。

1000億ユーロの内訳は、「InvestEU」と呼ばれる民間資金プールに450億ユーロ(5.4兆円)を集め、250-300億ユーロ(3ー3.6兆円)は欧州投資銀行から低利融資を出させ、残額のうち1兆円弱(750億ユーロ)ほどは「公正移行基金」が担う、こんなラフなイメージが描き出されつつある。

欧州投資銀行副総裁でポーランド人のリリアナ・パヴウォヴァ(Liliana Pawlowa)は、1月15日付の「ジェンニク法律新聞」に対し、Energy Transition Packageという政策パッケージを立ち上げ、投資額の最大75%までを欧州投資銀行の融資で賄えるようにすると語っている。

今、環境を巡ってブリュッセルが激しく動いている。今までは、西欧と東欧の関係と言えば、豊かな西が貧しい東を助けるという構図だった。

この構図は今後も変わる事は無いが、大きな変化と言えば、東の構造転換なくして西の政策が動かなくなってきており、その象徴が温室効果ガス削減を巡る一連のカネの流れに求められる点だろう。

次の10年間のEUは、西と東が経済政策で一体化し、ますます単一市場性を高めていく。その一方で、国内向けの政治は民族主義色を強めていくだろう。欧州経済の一体化と民族主義化(ファシズム化)とが同時進行していく、それは、コインの裏表のようなもので一見、矛盾しているように見えて、どこかで帳尻を合わせられるものなのかも知れない。

参考資料: 「ジェンニク法律新聞」1月14、15、16日付。「共和国新聞」1月15日付。

 

【エネルギー】ワルシャワから見たドイツのエネルギー政策: 1月29日(水曜)、ベルリン発のロイター電は、ドイツ政府が2038年までに脱石炭火力発電を実現すると報じた。炭鉱をはじめとする石炭村への補償額は空前絶後の400億ユーロ(4.8兆円)。1月中旬、実はこの動きを早くも察知する報道がポーランド語で出ていた。

昔から「ドイツが風邪をひくと、ポーランドは肺炎になる」と言われ、それだけ、ポーランドは歴史的にドイツ経済への依存が強く、また、ドイツの影響をもろに受けてきた。

ポーランド人は若者を中心として英語の話者が多いが、それは、何か事があれば、国を捨てて出ていかざるをななかった苦難の歴史と無縁ではないだろう。畢竟、ポーランドの報道は、西の大国ドイツと東の大国ロシアで、政治の動きが1ミリでも動けば、その変化を即座に捉えて文章化してしまう。

1月15日(水)、ポーランドの代表的な高級紙の一つ、「ジェンニク法律新聞」に、ドイツのエネルギー政策に関する特集記事が出た。

「本日、メルケル首相は、石炭火力発電から惜別する法案を閣議決定するはずだった。しかし、その代わりメルケルは 首相府に石炭村を抱える州の首相(ドイツでは、連邦にも各州にもそれぞれ首相がいる)を呼ばざるを得なかった。争点は、Uniper社がノルトライン・ヴェストファリア州に建設した1ギガワット級の新石炭火力発電所、Dattern IV炉の作動許可を与える代わり、同社が旧東独地帯に多く残る旧式の石炭火力発電所旧ソ連の技術で建設された代物)を早急に閉鎖する事だった。

この措置により、2038年までに石炭火力発電所を全廃するという政府案は現実味を帯びてくる。今回、首相府の片隅で不満をぶちまけたのは、旧東独の各州(ブランデンブルクザクセンザクセン・アンハルト)の首相たちだ。豊かな西部のヴェストファリア州だけが優遇され、経済発展が遅れた旧東独で貴重な産業基盤となっている石炭火力発電所をつぶされては、社会不安が一挙に増大する。

Fraunhofer研究所によれば、2019年時点で、石炭の中でも品質が悪い代わりに産出量が多い褐炭(かったん)による石炭火力はドイツ全体の発電の実に20%をも担った。一方、高品質で鉄鋼生産にも不可欠なコークスの原材料ともなる瀝青炭(れきせいたん)による発電は全体の9%あった。

他のエネルギー源としては、風力25%、原子力14%、天然ガス11%、水力9%、バイオマス9%、太陽光4%となった。

実は、ドイツがコミットしていた三大約束事項(2020年までに1990年比で温室効果ガスを40%削減、電力使用量を2008年比で10%削減し、再生可能エネルギーの電力使用比率を35%まで高める」とした目標のうち、再可エネルギー目標についてだけは、すでに達成しているのだ(2010年時点で全発電の46%を占める)。

今後、2038年に石炭火力を全廃し、2022年までに原子力発電を全廃する政府目標の達成のためには、一番安上がりに見える方策は風力発電の拡充だ。しかし、風力発電には地域住民から反対の声が高まっており、2019年には、276基の風力発電所しか建設されず(出力940メガワット分)、2017年の同1792基から大幅に後退している。

今のところ、ドイツ国民の9割はドイツ政府が進めるエネルギー政策(Energiewende: エネルギーヴェンデ)に賛成と伝えられるが、こと風力発電に関しては、ドイツ国民の55%は、風力発電所をどこに建設するかの最終判断は、地域住民の手に委ねるべきだと答えている。

一方では、新しいエネルギー源としての水素利用への関心も産業界を中心に高まっており、フォルクスワーゲンなどは電気自動車の普及に弾みをつける意向だ。

今後、ドイツのエネルギー政策はどこへ向かっていくのだろうか? ワルシャワシンクタンクUNEP/GRIDセンターのバルトウォミェイ・コザク(Bartlomiej Kozak)氏は、政党政治のロジックから以下のように占っている。

曰く、「現在の左右のギクシャクした連立政権(右派のキリスト教民主同盟=CDUと左派のドイツ社会民主党SPDの大連立)では、連立形成の大前提の一つとして、今後10年間で再可エネルギー比率を現行の46%から65%まで高めることを掲げている。もはや、地球温暖化への市民の関心は頂点に達しており、右派にしても左派にしても、原発廃止を止めるなどという言葉はおくびにも出せない。

オーストリアでは、今まで「水と油」の関係とみられていた右派と「緑の党」(もともと、左派色が強い)が連立を組んだ。すでに環境問題で妥協するという選択肢自体が政治家になくなっているからだ。

おそらく、ドイツでも同じ事が起こるだろう。例えば、左右連立に疲れたキリスト教民主同盟(右派)が(社会民主党よりも規模が小さく制御し易いとみられる)「緑の党」と連立を組んだとしても、私は何も驚かないだろう。それ程までに、ドイツでは、環境問題に関しては「議論の余地なし」という声が強いのだ。」

この記事が出たわずか2週間後、ドイツでは、莫大な金額に上る補償と引き換えに石炭村の2038年までの「安楽死」が宣言された。

今後、ドイツ全体が「緑の党」化していくのだとすれば、地域住民の反対があるにせよ、風力をはじめとする再可エネルギー比率はますます高まり、欧州経済の構造が一変していくだろう。

その時、貧しいがゆえに、安価な自国産石炭に頼らざるを得ない東欧はどう出るか。

何か小生には、かつてアメリカの経済学者ガーシェンクロンが唱えた、途上国こそ技術革新が起こりやすいというパラダイム(彼自身はそれをロシア経済と日本経済を例に説明したのだが)が、東欧の地でダイナミックに展開されるような気がしてならない。

【ポーランド映画】Pan T. (T氏)

不思議な映画だ。

冒頭で、「この映画は誰かの自伝に基づいたものではない」と字幕が出る。

なので、主人王の名前は「T氏」とだけ明かされ、彼は保安局(スターリン時代に機能していた反革命罪を追求する機関、略称はウーベー)に呼び出されてもPan T (Mr. T)とのみ署名し、周囲の人々も彼をT氏と呼ぶ。

映画は1953年のワルシャワ社会主義初期に開通したばかりの王宮下のW-Zトンネルをバイクが出るシーンから始まる。

映画の宣伝動画は以下から:

https://www.filmweb.pl/video/Zwiastun/nr+1-52215

初老を迎えたジャーナリストであるTは、党の第一書記であるビェルートを心底嫌っている。ある時、ビェルート主催のダンスパーティに招かれた彼はトイレでばったり指導者と出会い、気づかれぬようにオシッコを第一書記のズボンの裾にかけてしまう。

過去1年間、何も出版されず、書く意欲を失いかけたTには、国語の家庭教師をしている高校生の恋人がいる。

このあたりの時代背景、男女模様は、昨年ヒットしたポーランド映画「Cold War」(原語はズィムナ・ヴォイナ)に酷似している。画面が白黒である点もそっくりだ。

 

ある日、Tは出版社を訪ね、女性編集長に自らが考案中の小説のさわりを語る。その中の何気ない一節が彼女の猜疑心をあおり、危うくTは投獄か銃殺される道へと嵌りそうになる。

チェコの作家、ミラン・クンデラの小説「冗談」、80年代のユーゴ映画、「パパは出張中」の物語をほうふつとさせる内容だ。

さて、Tは、社会主義時代によくあった、国家が知識人に対して支給した「芸術家と文筆家の家」(Dom Artystów i Literatów)の簡素な一室に住んでいるのだが、隣室の文筆家がほぼ唯一の友人だった。

その友人は、レーニンを称える詩を作家協会で朗読し、ようやく、「労農階級」(クラーサ・ロボトニーチョ=フウォプスカ)の作家として認められそうになるが、保安局に呼び出しを受け、Tは才能ある文筆家であると擁護し、成功を前にして一人「芸術家と文筆家の家」を去っていく。

 

何もかも失ったかに見えたTであったが、再び、ダンスパーティでビェルートとトイレで出くわし、今度は、党第一書記が吸っていた「ウズベキスタン党第一書記」(ピェルフスィ・セクレターシュ・ウズベキスターヌ)からもらった「伝統的なたばこ」を吸ってみろと勧められる。もちろん、タバコの中身は麻薬であったろう。

このオシッコをするシーンは映画の中であと一回、決定的なシーンで用いられるのだが、それは伏せておこう。

映画の中でTは男前で女性に大変モテる設定なのだが、その実、党第一書記だったビェルートも大きな指輪を嵌め、お洒落には余念がなく、多くの女性遍歴を重ねた。

その女性遍歴の変わり目がTの運命と再び交差する事となり。。。

 

同じような時代背景、同じように政治に翻弄された男女の恋愛を描いた白黒映画の「Cold War」と「Mr. T」。

小生は、前作を森に囲まれた旧貴族の屋敷であるウヤズドフスキ宮殿で、後作をワルシャワ北部の巨大商業施設内にある外国資本の映画館で観たのだが、後作の方が清々しい印象だった。

ちょうど、件のショッピングモールから通り二つ隔てたポヴォンスキ墓地(ツメンタシュ・ポヴォンスコフスキ)にはビェルートの墓があり、社会主義体制が崩壊して久しい現在、墓は赤いペンキで汚され、落書きもされていたように思う。

さる年の秋口、小生が興味本位で墓に近づいていくと、どこからか初老のご婦人が小さな花束を供えにやってきていた。

一瞬、ビェルート第一書記のことを何か個人的に知っているのかと語りかけようと思ったが、自制心が働いた。

今もってスターリン主義者として否定されているビェルートが、もし今日の映画を見たらなんと言っただろう。

たぶん、いい映画だといったような気がする。

2010年4月10日ワルシャワ時間午前8時56分、ロシア領スモレンスク近郊でカチンスキ大統領ら一行を乗せた政府専用機が墜落、大統領夫妻を始めとする96人の乗員全員の死亡が確認された。

大統領一行等は同日予定されていたカティンの森事件(第二次大戦中の1940年、スターリンの直接指示、KGBの全身であった内務人民委員会=NKVDの実行により4400名余のポーランド人戦争捕虜および文民が殺害された事件)70周年記念式典に参加する予定であった。式典には、プーチン首相も参加することとなっており、今年5月に予定されているモスクワでの対独戦勝記念日の式典への参加要請をカチンスキ大統領が受けたこととも併せて、ポーランド・ロシア関係にもようやく改善の兆しが見えて来た事を象徴する日となるはずだった。

今回の飛行機事故で亡くなったのは、カチンスキ大統領夫妻、イェジ・シマイジンスキ(Jerzy Szmajdzinski)下院副議長=秋の大統領候補(SLD推薦)、スワヴォミル・スクシペク(Slawomir Skrzypek)中銀総裁、フランチシェク・ゴンゴル(Franciszek Gagor)ポーランド軍参謀本部長(将軍)、ヤヌシ・コハノフスキ(Janusz Kochanowski)人権擁護官、ヤヌシ・クルティカ(Janusz Kurtyka)国民記憶院長官、アレクサンデル・シチグウォ(Aleksander Szczyglo)国家公安局長などの国家の要職にある人物、プシェミスワフ・ゴシェフスキ(Przemyslaw Gosiewski)下院議員(法と正義)、マチェイ・プワジンスキ下院議員(無所属)などの大物政治家、カチンの森事件の遺族などが含まれ、ポーランドにとって、国家元首を含む有力政治家を一度に失うという未曾有の事態となった。

今回の事故の原因としては、濃霧に見舞われていたスモレンスク空港への強行着陸の失敗が指摘されており、純粋にテクニカルな問題であった。
これを受けて、ポーランド憲法の規定に従い、下院議長が自動的に大統領職を引き継ぐこととなり、秋の大統領選に現政権党の市民プラットフォーム(PO)から候補指名を受けているブロニスワフ・コモロフスキ(Bronislaw Komorowski)下院議長がすでに大統領職に就任している。憲法の規定では、今後、14日以内に下院議長により大統領選挙の公示が行われ、その後60日以内に選挙が開かれることになっているので、6月中旬には前倒しで大統領選が行われることとなる。それにしても、今回の事故で最大野党の法と正義(PiS)、同じく野党の左翼民主同盟(SLD)の大統領候補が同時に斃れる結果となり、仮にコモロフスキが大統領に就任するとしても、その選出を巡っては正当性(レジティマシー)の欠如が伴っていたかのような印象を残すかもしれない。

さて、今回の大統領の突然の逝去について友人と議論をしていたところ、「これで3人になった」と言う。つまり、これで3人のポーランド大統領経験者がロシア領内(ソ連含む)で亡くなったことになると言うのである。一人目は、1956年3月12日、モスクワで謎の死を遂げたボレスワフ・ビェルト(Boleslaw Bierut)大統領、二人目と三人目は、共に今回の飛行機事故で亡くなったリシャルド・カチョロフスキ(Ryszard Kaczorowski)前ロンドン亡命政権大統領およびカチンスキ現大統領ということになる。

ビェルト大統領は、1947年〜1952年までポーランド人民共和国の初代大統領を務め、その後は1952年〜1954年まで閣僚会議議長として、最高権力者の座にあった人物だ。彼は前述のKGBの前身、NKVDが放ったスパイでもあり、戦後の東欧に多く現れた「小スターリン」の一人として個人崇拝に基づく恐怖政治を揮っていた。そんな彼がモスクワで客死(公式発表では心臓発作)したのは、フルシチョフによるスターリン批判がなされた第20回ソ連共産党党大会(56年2月14〜25日)終了の僅か2週間後であり、当時から、スターリン主義者として名を馳せていたビェルトを厄介払いする必要から毒殺されたのではないかという説が囁かれていた。事実、ビェルトの死から程なくして「偉大な三雄」(wielka trojka)と呼ばれていた彼の同志、ヒラリー・ミンツ(Hilaty Minc)とヤクブ・ベルマン(Jakub Berman;2010年3月13日付け本ブログでも紹介)が党から追放され、ポーランド人民共和国はヴラディスワフ・ゴムウカ(Wladyslaw Gomulka)党第一書記による新路線によって牽引されることとなる。
当時、ポーランドでは、ビェルトの死に際して、「毛皮を着て行って、箱に入って帰ってきた」(ポイェーハウ・ヴ・フテールクゥ・ア・ヴルーチウ・ヴ・プデーウクゥ)、「サロン付きお召し列車で行って、トネリコの木(棺おけの隠語)で帰ってきた」(ポイェーハウ・ヴ・サローンツェ・ア・ヴルーチウ・ヴ・イェスィオーンツェ)などの政治ジョークが人口に膾炙したと言う。

二人目のカチャロフスキ大統領は、第二次大戦中の独ソによるポーランド分割後に英国にわたったロンドン亡命政府の最後の大統領(在1989年7月19日〜1990年12月22日)を務めた人物で、政権亡命時にロンドンへと一緒に渡っていたポーランド国璽社会主義政権の崩壊後、初めて民主的に選ばれた大統領であったワレサに手渡すことにより、戦後も長らく形式上だけ存続していた「ロンドン亡命政府」の幕引きを行った人物である。彼は1940年にNKVDに逮捕され、死刑判決を受けるものの、10年の強制労働に減刑、更には特赦を受けてイタリア戦線の激戦地であったモンテカシノの戦いなどに連合軍兵士として参加、戦後は英国へと亡命し、当地でのボーイスカウト活動の振興に功績があった。彼は、あくまでもロンドン亡命政権という云わば仲間内の社交クラブのような場で、名誉職以上の実質的意味を持たない「大統領」に指名されただけの人物であったにも関わらず、大統領辞任後もポーランド政府よりロンドンの事務所賃貸料の支払を受け、ポーランド入国時には政府要人警備隊(BOR)のエスコートを享受するなど、何とも不思議な「元大統領」でもあった。

三人目のカチンスキ大統領は、ワルシャワ大学法・行政学部を卒業後、グダニスク大学で労働法の講義を長く担当する傍ら、筋金入りの反体制派として、労働者擁護委員会(KOR)やグダニスク造船所での工場間ストライキ委員会(MKS)、連帯などで活動後、体制転換後には政治家に転身、大統領に就任してからは、グルジアウクライナ等の反ロシア的な新興国家を強力に支援する姿勢が注目されていた。

小生も今日はワルシャワ中心部、旧王宮から程近い大統領宮殿まで出向いて、バラの花を献花してきた。周囲はカチンスキ大統領夫妻の死を悼む人々で溢れかえっており、道路も一部交通止めになり、あたかも歩行者天国のような様相を呈していた。その後、19時からはワルシャワ蜂起像前の、軍人に捧げられたカトリック教会でのミサに参加したのだが、外の道路まで人で埋まり、やはり、何か国家の大事があると、とにかく教会に行ってみるというポーランド人の行動様式はまったく変わっていないという事を再確認したのだった。

カチンスキ大統領に関しては、本ブログでも散々、批判してきた。
彼はポーランド国家がたどった苦難の歴史について、国民に対して思い起こさせようとする言動を良くする人物でもあった。
カチンスキ大統領に対する評価も、今後の歴史のうねりの中でその時々の時勢に合わせて刻々と変化して行く事だろう。

カティンの森という彼にとっても因果のある土地で最期を迎えられた大統領に心から哀悼の意を表明致します。