【中絶禁止と性教育禁止とホロコーストと】4月15日水曜、ポーランド国会(下院)では、驚くべき法案が多く読回に付された。14時15分、未成年者への狩猟解禁法案、15時30分、相続人不在により国有化されたホロコースト犠牲者の資産関連法、16時、性教育禁止法、17時、中絶部分禁止法。今後これらの法律が委員会に回され、更に討議を経て法律として採択に移されるかが争点である。

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これが今回の法案である。法案は「第8次ポーランド共和国下院」に向けて出されており、中絶禁止条件の厳格化法案には文書番号2146番が、性教育禁止法案には文書番号3751が振られている。法案の末尾には必ず理由書が添えられており、これを読むと法律案者の意思が理解できる


ポーランドでは、重篤な障害がある子供の中絶禁止法案が準備中。

重篤な障害があると分かっている子供を産みたいか産みたくないかは、母親(両親)の選択に任せるべきとの反対意見が強くある。

性教育禁止法案も準備中。ポーランドは暗黒中世社会に戻ると危惧する市民が多い。

 

4月15日水曜、コロナのため出席議員もまばらなポーランド国会(下院)では、妊娠中絶禁止論者のゴデク議員の口上が響いていた:

ポーランドでは、何の呵責もなく、生きた人間を切り刻むことができる事を我々はいま議論しているのだ。ポーランドでは、新生児の首を絞め、その後、助産室に数時間放置して死に至しめている事実を我々はいま議論しているのだ。これこそが当法案が解決しようとしている状況だ。障害児として生まれてきたが故に、このような待遇を受けないようする事である。」

コロナ禍のさなか、多くの市民立法がわずか一日の間に国会で第一読会に回され、今後、専門委員会に付託され、議論を経た後で、法案採択となるかが次々と決まっていく。思わずキーボードを叩かずには居られない状況だ。

それでは早速、中絶(部分)禁止法について説明しよう。

そもそもポーランドでは、1993年に「家族計画、妊娠保護並びに中絶が許容される条件に関する法律」が施行されている。

同法は11条からなる7ページほどの法律であるが、実に多くの事が規定されている:

  • 各学校では未成年者の妊娠時には、必要な休暇を与えると共に学業が継続するよう扶助を与え、定期試験に間に合わない場合は、6か月以内に特別に試験を受けさせること(2条3項)
  • 各学校では人間の性生活に関する知識を教授すること(4条1項)
  • 妊娠中絶が許容されるのは以下の場合のみ(4a条1項):
  1. 妊娠者の健康又は生命が妊娠により脅かされている場合、
  2. 妊娠前検査等により、胚児に重篤で回復の見込みのない障害が発生する可能性が大きいか、胚児に治療不可能な病気があり胚児の生命が脅かされている事が指摘された場合、
  3. 妊娠が犯罪行為の結果であることについて相応の推測が成り立つ場合、
  • 中絶には本人の書面による承諾が必要であり、未成年者の場合には法定代理人の書面による承諾が必要である(4a条4項)
  • 法的能力は懐妊の時から子供に備わるが、財産権上の権利、義務については、子供が生きて生まれた場合のみ獲得する(6条)
  • 遺伝的に問題のある両親の子供である場合、妊娠中に治療の可能性がある遺伝病の出現が疑われる等の場合、胚児に重篤な欠陥が疑われる場合には、出産のリスクを高めない限りにおいて、出産前の検査を受けることが許容される(7条)
  • 妊娠中の子供の死を招いた者は2年以下の実刑に処す。しかし、母親は罪に問われない(7条)
  • 公立病院の医師で妊娠中の子供の死を招いた者であっても、妊娠が母親の健康に重篤な脅威を与えるか、その生命を脅かす場合で、中絶を行う医師以外の2人の医師の診断がある場合は罪に問われない(緊急に中絶をしない場合、母親の生命が脅かせるのであれば、他の医師の診断は必要ない)(7条)

上記のうち、6条は民法の改正に関する条文、7条は刑法の改正に関する条文である。小生がポーランドの法学部1年生であったころ、ローマ法の授業で、学生を馬鹿にすることに生きがいを感じている名物教師がいた。教授の授業ではいつも小テストがあるのだが、「〇〇(実名公表)は、死んで生まれた子供に財産権があると回答している。コイツ、あほじゃないのか」と言われていた姿を今でも思い出す。

そのK教授はラテン語が学びたいがために、チャウシェスク政権下のルーマニアまで博士号を取りに行った豪の者ではあった(ルーマニア語は現存する言語の中で、最もラテン語に近いと言われている)。

いつも話が脱線してしまうが、本日(4月16日)、中絶(部分)禁止法案*1は、今後、国会の専門委員会での討議に付託される(という事は国会で採択され、法律として施行される公算が高い)ことが決まった。

その内容は、上記法律の中絶可能条件のうち、障害児が生まれる可能性がある場合について、これを禁止するというものである。

これを受けて、筆者も参加を決めた反対運動「女性の地獄」(ポーランド語で「ピェクウォ・コビェト」: Piekło Kobiet)が開始された。すでにこの動きについては、フランス、スペイン等のメディアが報道しているが、日本では紹介されていないようだ。危機感を感じている。

ポーランドでは、全土でレストラン、カフェ、バー、映画館、スポーツ施設などすべて閉まっており、一般店舗では1キャッシャーに付き3人までしか店に入れない。いわゆるロックダウンが続いている。

従い、抗議活動も2メートルの「社会的距離」を保ちながらプラカードを掲げたり、ネットで行ったりの状況だ。

ある女性は、フェースブックで段ボールにマジックで書いたプラカードを掲げていた。「障害児の中絶を禁止すると言っている者よ、では、お前は、児童養護施設から障害児を自分の養子として引き取れるのか。」

重篤な障害を持って生まれることが分かっている子供を産みたいか産みたくないかは、結局のところ、母親(両親)が決めるべきだ。反対派の主張はこの一言に尽きる。

一方、障害児中絶禁止派の言い分は何であるのか。

今回の法案の理由書を見てみると、

  • 現在の医学水準では、母親の胎内で障害を抱えている子供が出産後どの程度の障害を残すか分からない
  • 妊娠中の子供は絶えず母親の胎内で成長を続けているのであって、生命に危険が生じるほどの重篤な障害であっても、出産までには徐々に軽くなるかもしれない
  • 1953年に発効した「欧州人権条約」は、締約国(ポーランド含む)に対し、中絶について明確な法規則を設けることを要求しているが、その内容は締約国に委ねられている
  • ポーランド政府は欧州人権裁判所にて過去3回、その責任が問われる判決を受けているが、明確な線引きに欠くため、どのような状況であれば中絶が許容されるか疑義が生じている、等とある。

小生を含む反対派は、今回の法案が可決される場合、女性の産む自由が大きく制限されるだけでなく、将来は、レイプで懐妊した場合など全ての場合において中絶が禁止されることを危惧している。

 

次いで、「性教育禁止法案」である。正確には、刑法改正法案であり、

「教育者、未成年者の治療に当たる者、未成年者の監護に当たる者等が、未成年者による性交またはその他の性行為を普及または称賛する場合、3年以内の実刑に処す」

との内容(刑法200b条の改正案)である。

そもそも、上で見た、「家族計画、妊娠保護並びに中絶が許容される条件に関する法律」では、学校での性教育促進が定められており、法律案者の意思が不明である。

そこで、法案の理由書を見てみると、彼らのイメージしている世界が垣間見える。

  • 性「教育」に責任を負っていると主張する一派がポーランド教育機関に次々と浸透してきている。それは、子供たちの性意識をかく乱し、児童の間でホモセクシュアリズム、マスターベーション、その他の性行為を推進している
  • わが国で性「教育」促進に最も関わっている一派は、LGBTレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスセクシュアル)ロビーである。西欧では、これらの環境に属し、学校での性「教育」に従事しているメンバーは、幼児性愛者として実刑判決を受けている
  • 欧州性教育基準により推奨されているテーマは、ポーランドの学校で授業、アピール、実習、ワークショップなどの形態で現れており、それには以下を含み、これらは、子供のモラルを破壊するものである。:
  1. 性教育
  2. 避妊
  3. 未成年者向けの妊娠予防策、性病(HIV等)の知識
  4. 身体の性的成長について
  5. 平等、他者の受忍
  6. 差別予防と仲間外れの防止
  7. 性的虐待の予防
  8. ホモセクシュアルへの恐れ
  9. 性的な自己同一性、ジェンダーについて

こう見てくると、性教育反対者が目指しているのは、性教育の根絶であると思われる。一方で、同法案の理由書がいみじくも指摘するように、「ポーランドの14-16歳の男子児童の32%が過去1か月間に6回以上ポルノを利用しており、9人に1人はポルノグラフィーを1日に一回以上見ている」(厚生省の後援を受けているNGOである「統合予防研究所」: Instytut Profilaktyki Zintegrowanej調べ) という現実がある。

小生の経験から照らしても、インターネットが少年時代に普及していたならば、必ず同じ行動を取ったに違いない。

ポルノ視聴は悪いことではないが、酒タバコと同じで中毒性があるから、ほどほどにするように指導するというのが正常な対応ではなかろうか。

性教育と他者理解(ここでは、人種・民族間の理解と言うよりは、性志向性の違いに対する理解がセットとなるだろう)を促進しようとする意見と、それに真っ向から対立し、性教育そのものを否定しようとする意見との衝突。

突き放した見方をしてしまえば、ポーランド史で繰り返し現れてきた「身内同士の妥協なき滅ぼし合い」の再現とも見えるが、どう評価すべきだろうか。

筆者個人としては、考察する時間が比較的に多くある現状に在っては、かえって、ポーランド社会を二分する勢力のそれぞれの意見が歴然と現れつつあり、対立点が明らかになった点は良かったと思っている。

その上で、筆者自身の立場を明確にする必要を感じている。恐らく、大統領選挙を直前に控えたこの時期にあって、多くのポーランド人が「旗幟を明確にすべき時」が来たと感じているのではなかろうか。

 

最後に、ホロコースト法案については、第二次大戦の結果、戦前にユダヤ人が有していた多くの不動産が、戦後、相続人なしという事で、ポーランド国家の所有となった。

相続人なき財産は国家が引き継ぐという考え方はローマ法から来ており、日本を含む全世界の民法に受け継がれている。

ところが、米国で「ジャスト法」(または米国上院での印刷番号から「447法」)と呼ばれる特殊法が施行され、多くのユダヤ人に戦後相続人がいなかったのはホロコーストがあったためであり、一般的なケースとは別だと主張されている。ジャスト法は、相続人なきユダヤ人の「迷える資産」はユダヤ人全体の資産なのであり、それはホロコーストが風化しないよう教育目的などに役立てられるべきだとしている。

米国らしい正義を貫く法律ではあるが、これまた米国らしく、自国の法域(ジュリスディクション)から離れた別の法域(ポーランドチェコの法域)を自国法でコントロールしようとしている。

この動きに反発し、ポーランド国会(下院)では、戦後国有化されたユダヤ人資産を補償目的に供することを一切禁じる法案を通そうとしているわけである。

国有化されたユダヤ資産の中には、ワルシャワ中心部の一等地の土地も含まれており、仮にこれらが米国に返還される場合、日本企業を含む多くの外資の事務所なども、家賃の支払先が変わるなどの大きな影響を受けるかもしれない。

なかなか安定しない土地の所有権という問題は、中国、東欧等の(旧)社会主義圏やホロコーストがあった国において顕著であるが、そう簡単には解決しないだろう。

*1:正確には、上記の「家族計画、妊娠保護並びに中絶が許容される条件に関する法律」の改正法案